マインドフルネス実践で人生100年時代の「天上天下唯我独尊」を完全マスター

正念 セミナー

マインドフルネス

 

マインドフルネスに関心のある方は、なりたい自分に整えたいという願望があるのではないでしょうか?

「向上心が強い。」表れ、素敵ですね。その心、のびのびと育てましょう。

 

この記事は以下の方におすすめです

 

マインドフルネスで気になるテーマといえば主に次の4つではないでしょうか?

  • マインドフルネス研修
  • マインドフルネス瞑想
  • マインドフルネス実践
  • マインドフルネスってなに?

マインドフルネスで解決できることは、自分らしく活動できること。

では、マインドフルネスがなにか、なぜ瞑想するのか。
マインドフルネス研修でできること。
マインドフルネス実践でできることをお話します。

マインドフルネス実践で人生100年時代の「天上天下唯我独尊」を完全マスターします。

では、まいります。

  1. マインドフルネスとは
  2. マインドフルネスとは「なりきる」
  3. マインドフルネスのはじまり
  4. ふたりの全米行脚ではじまったマインドフルネス
  5. マインドフルネスにできること
  6. 「曲がりくねったデコボコ道を上手に歩く方法」
  7. マインドフルネスのルーツは八正道
  8. 三十七品菩提分法
  9. 「自灯明・法灯明」
  10. 七歩歩いて、「天上天下、唯我独尊」=マインドフルネスの目標
  11. 「三十七菩提分法」を歩くマインドフルネス瞑想
  12. 三帰依(さんきえ)を集約しているマインドフルネス
  13. ブッダを目標にしたスティーブジョブス
  14. 天上天下唯我独尊。
  15. マインドフルネス瞑想の意味
  16. 結果的に他者を助けることになるマインドフルネス
  17. デコボコ道を楽しむ「ハッピーブッダ」
  18. 「諸行無常」(人生は曲がりくねったデコボコ道)
  19. マインドフルネス瞑想。最初の一歩は「四念処(四念住)」。
    1. マインドフルネス瞑想 呼吸の仕方
    2. マインドフルネス瞑想 1.身念処(身念住)
    3. マインドフルネス瞑想 2.受念処
    4. マインドフルネス瞑想 3.心念処 (しんねんじょ)
    5. マインドフルネス瞑想 4.法念処(法念住)
    6. 諸法無我
  20. スティーブ・ジョブズのマインドフルネスな決断
  21. 人生100年時代のマインドフルネス研修
  22. マインドフルネスで育む睡眠マスター
  23. マインドフルネス研修の特徴
  24. ブッダになる決意がマインドフルネスのスタート地点
  25. ライフシフトするためのマインドフルネス研修
  26. マインドフルネス(注意深く)で暮らす
  27. まとめ

マインドフルネスとは

チェンジする大切さ

Mindfulness(マインドフルネス)はアメリカ合衆国政府のボランティア活動「平和部隊」に所属していたふたり(=ジャック・コーンフィールドとジョセフ・ゴールドスタイン)がアジア・インドで仏教と遭遇したことに始まります。

彼らは仏教に宗派があることを知り、独立性を守るためにすべての宗派に属さないことを決めました。

そのポリシーは、シンプルです。

「真実は伝統を必要としない。過去も未来もない。いまここ、この瞬間だけ」

やがてふたりは、1974年にコロラド州にあるチベット仏教のナローバ学院に招待され、ヴィパッサナー・メディテーションのレクチャーを行い大成功します。

スティーブ・ジョブズがアタリ社を辞めて、インド放浪するも失望して、曹洞宗の禅僧である鈴木俊隆氏と知野弘文氏を導師としてサンフランシスコで禅を学んだ年です。

一方、ふたりは、その後、アメリカ中をまわり、20〜30際台の人を中心にヴィパッサナー瞑想を指導します。

やがて、ふたりは西海岸と東海岸に「センター」を設立します。

 

Mindfulness(マインドフルネス)とは、釈尊(ブッダ)が入滅3ヶ月前に、説示された「涅槃」に至る実践講座「三十七品菩提分法」のひとつ。

八正道(はっしょうどう)にある8つの教え。
「正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定」の7番目、「正念(sammā-sati, サンマ・サティ)」に当てられた英語訳です。

メモ

*八正道、巴: ariya-aṭṭhaṅgika-magga, 梵: ārya-aṣṭāṅgika-mārga)

「八正道」とは「8つの正しい道」ですが「苦しみから解放されるための道」と日本訳されています。
ネガティブな印象が強いですよね。

いきいきゴエスの解釈は少し違います。
「諸行無常。曲がりくねったデコボコ道の楽しい歩き方」

マインドフルネスとは「なりきる」

水のように生きろ

マインドフルネスとは
「意図的に、いまこの瞬間を、評価せずに、注意深く行う=なりきる)」

[st-kaiwa5]たとえば、ブルース・リー流にいうなら「水になりきる」[/st-kaiwa5]

[st-kaiwa1]「水になれ」ね[/st-kaiwa1]

頭を空にしろ。
水のように形をなくせ。
水をカップにそそげば、水はカップの形になる。
ボトルにそそげば、ボトルの形になる。
ティーポットにそそげば、ティーポットの形になる。
水は静かに流れることもできるし、ものを砕いたり壊したりもする。
友よ、水になれ。   – ブルース・リー

[st-kaiwa6]考えるな、感じろ[/st-kaiwa6]

ブルース・リーはプライベートでも名言をたくさん残している

If you truly love life, don’t waste time because time is what life is made of.

もし命が大事なら、時間を無駄にしちゃだめだ。人生ってのは時間でできてるんだから。

If you spend too much time thinking about a thing, you’ll never get it done.

考えすぎた人間が、成し遂げられることなんてなに一つないんだ

I fear not the man who has practiced 10,000 kicks once, but I fear the man who had practiced one kick 10,000 times.

俺は10000種類のキックを一回練習したやつなんて怖くないね。怖いのは1つのキックを1万回練習したやつさ。

全部、マインドフルネスの真髄に触れていると思いませんか?

マインドフルネスのはじまり

マインドフルネス

 

[st-kaiwa2]ジャック・コーンフィールド[/st-kaiwa2]

[st-kaiwa3]ジョセフ・ゴールドスタイン[/st-kaiwa3]

 

ジャック・コーンフィールドとジョセフ・ゴールドスタインのふたりはアメリカ合衆国連邦政府が運営するボランティア(平和部隊)に属していて、東南アジア、インドを旅した際、仏教を学びます。

ふたりは、1974年にコロラド州にあるチベット仏教のナローバ学院に招待され、ヴィパッサナー瞑想のレクチャーを行い大成功します。

スティーブ・ジョブズがアタリ社を辞めて、インド放浪するも失望して、曹洞宗の禅僧である鈴木俊隆氏と知野弘文氏を導師としてサンフランシスコで禅を学んだ年です。

ジャック・コーンフィールドとジョセフ・ゴールドスタインのふたりは、その後、アメリカ中をまわり、20〜30際台の人を中心にヴィパッサナーを指導します。

 

[st-kaiwa1]もとは、ヴィパッサナー瞑想なんだね[/st-kaiwa1]

[st-kaiwa3]マインドフルネスは、ジャック・コーンフィールドとジョセフ・ゴールドスタインから誕生したんだ。[/st-kaiwa3]

 

ふたりの全米行脚ではじまったマインドフルネス

全米に広がったマインドフルネス

フォトREVOLTUnsplash

 

二年後、1976年にマサチューセッツ州に女性教師シャーロン・サルスバーグと共にヴィパッサナーのセンターを設立します。
名前はヴィパッサナーの英訳である「インサイト」を使った「インサイト・メディテーション・ソサイアティ(iMS)」です。

このセンターも大きな反響を呼び、参加者は増大しました。

 

「天上天下、唯我独尊、全米を駆け巡る」です。

 

さらに1984年、ジャック・コーンフィールドはサンフランシスコ近くにスプリットロック・センターを設立します。
東海岸と西海岸に位置する二つのセンターは全米インサイト(ヴィパッサナー)の中心的な拠点になっています。

インサイト・メディテーションでは、サティ(憶年)が最も重視されています。

 

「憶念」とは憶は記憶の憶、念は気づきの念。眠っている間も絶え間なく働く心の働きです。
これを英語でMindfulness(マインドフルネス)と翻訳されています。

Mindfulは形容詞で「注意深く」という意味になりますが、nessがつくことで名詞形になります。

一般には使われないようです。

インサイト・メディテーションでは、トレーニングの際に、頻繁に使わています。

 

このトレーニングは、テーラヴァーダ仏教(上座部仏教=ヴァーリ仏教)の正式なトレーニング(スリランカ、ミャンマー、タイ、カンボジア、ラオス地方)であり、形式的には日本の禅と似ています。

インサイト・メディテーションの特色は、瞑想中心で、どの宗派にも所属しないことで、独立性を貫いています。
それはブッダの教えである「いまここ」の概念を大事にしているからといえます。

 

真実に伝統はいらない。

過去も未来もない。「いま、ここ。」

 

[st-kaiwa6]いま、ここ。この瞬間に絶え間なく働いている心の働きを集中させる。[/st-kaiwa6]

[st-kaiwa8]それ以上の動きを求めない。判断もしない。[/st-kaiwa8]

 

 

憶念

マインドフルネスにできること

あなたの心を整える10の方法

 

マインドフルネスで、できることは、なんでも叶えられる自分を発見すること。

なんでも叶えることができる人と、そうでない人の違いはひとつ。

諦めないことです。なりきってないので諦めるんです。なりきったら諦めようがありません。

内そのプロセスをご案内します。

矢印の先に注目

「曲がりくねったデコボコ道を上手に歩く方法」

マインドフルネスにできること

 

 

  • 雑念が消えて、やりたいことに集中できる
  • 集中するから、スキルがグングン急上昇して、わからないことに挫折しなくなる
  • 変化を実感できるのでモチベーションがアップする
  • モチベーションが困ったことやわからないことを突破する力になる
  • 突破力が粘りになり、なりきることで、ティッピングポイントを引き寄せる

「きっとやれる!」と思うこと。

誰だって根拠もなしに、そうは思えないでしょう。

まずはやりたいことにチャレンジすること。

諦めずに(なりきって)チャレンジしていると突然扉が開きます。

 

能力の差ではなく、あるとするなら(特殊な能力を除いて)諦めない能力の差です。

諦めることを忘れる集中力が、マインドフルネスな状態です。

 

「天上天下唯我独尊」たったひとつの命を大切に、たった一回の人生を、思い切り生きる智慧ある状態。
それがマインドフルネス(状態)になった自分です。

マインドフルネスのルーツは八正道

正念

 

Mindfulness(マインドフルネス)とは、涅槃に至る実践講座「三十七品菩提分法」のひとつ。
「七歩歩いて唯我独尊」の七歩のうちの七歩目にあたる「八正道(はっしょうどう)」にある8つの教えのひとつ「正念」。

「正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定」の7番目、「正念(sammā-sati, サンマ・サティ)」に当てられた訳語です。

*八正道(はっしょうどう)、巴: ariya-aṭṭhaṅgika-magga, 梵: ārya-aṣṭāṅgika-mārga

 

「八正道(八支正道)」とは、文字通り8つの正しい道=「苦しみから解放されるための道」と日本訳されていますが、ネガティブですよね。

いきいきゴエスでは、「曲がりくねったデコボコ道を上手に歩く方法」と解釈しています。

8つの正しい道とは、

  1. 正見・・・・正しく見ること
  2. 正思惟・・・正しく心で深く考えること
  3. 正語・・・・正しく語ること
  4. 正業・・・・正しい行いをすること
  5. 正命・・・・正しい生活をすること
  6. 正精進・・・正しい努力をすること
  7. 正念・・・・正しく憶念すること
  8. 正定・・・・正しい瞑想をすること(瞑想とは「あるがまま」の意味)

「正しい」とは「道理に叶っている」ことです。

 

 

「曲がりくねったデコボコ道を上手に歩く方法」とは、ただあるがままに歩くこと。

「あるがまま」は自分勝手ではなく「道理に基づいている」こと。

 

億念とは「なりきる」

憶念した状態を次のようにいうのではないでしょうか。

「ここが正念場だ、集中していこう」の「正念場」という言葉は、仏教の「正念」です。

人間になりきったら犬にはなれません。
そのことになりきったら、諦めることはできません。

マインドフルネスは、「必ずできる」を「プレゼント」してくれます。

過去はなく、未来もここにはない。
いま、ここ、この瞬間は「プレゼント」なのです。

「曲がりくねったデコボコ道を、ただあるがままにひたすら歩けばプレゼント」・・・それは賞金も賞品もなしにひたすら歩く「日本アルプス大縦走」に似ています。

日本アルプス大縦走」!これですね。

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20181027 激走!日本アルプス大縦断~2018 終わりなき戦い~

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三十七品菩提分法

三十七菩提分法とは、三十七品、三十七道品、三十七分法、三十七覚分ともいいますが、言ってることは同じです。

 

三十七品とは言うものの、各々別々に説かれた内容(七科)をひとまとめにし、その各項目を合計して総称しただけのものです。

内容的には重複している部分も多く、特に後の五科は概ね同じ内容を表しています。

 

パーリ語経典長部の『大般涅槃経』では、死期が迫っているブッダ(釈迦・釈尊)が弟子のアーナンダに告げると、これから先どうすれば良いのかと嘆くので、ヴェーサーリー周辺の修行僧たちを講堂に集めさせて、「法」として揚げます、

ブッダの遺言のようなものですね。

「自灯明・法灯明」

三帰依

 

「自灯明・法灯明」は、釈尊が入滅される前に弟子に示された最後の教えとして有名ですが、この「法」が「三十七菩提分法」です。

 

弟子たちが、師が亡くなったら、何に頼ればよいのかと問いかけたときに、「自灯明・法灯明」つまり、他者に頼らず、自己を拠りどころとし、法を拠りどころとして生きなさい」とお話になられたのです。

清浄な行いが長く続くため、多くの人々の利益・幸福のため、多くの人々を憐れむため、人々と神々の幸福・利益のために、説示してきたことを、今後もよく保ち、実践・実修すべき「法」として拠り所にしなさい。と遺言されたのです。

 

この「自灯明」の自分の意味は、自分の内奥に潜む仏性を認識し、そしてその自我本性である仏性と、ダルマ(=法(真理))と同質の「絶対的な真理」のみを頼りとせよ」という意味です。つまりエゴの塊のような自分ではなく、法に殉じた自分です。

 

空一円相

 

七歩歩いて、「天上天下、唯我独尊」=マインドフルネスの目標

努力はマインドフルネスに勝てない

 

いきいきゴエスのマインドフルネス研修は、謎の言葉。「七歩歩いて、天上天下唯我独尊」を目標にしています。

「七歩歩いて、天上天下唯我独尊」の説はいろいろ。そもそもブッダは実在の人物だったのか?

調査したのは比較的近年のことだそうで、限りなく100%に近く実在されていたそうです。

 

ブッダのことを「釈迦」とも言いますが、ブッダは「釈迦族」の王子でした。

釈迦族はインド・ネパール地域の一部の人たちで、生存されていた頃、印刷技術はありませんでした、

ブッダの教えはすべて「口伝」でした。

 

 

ブッダの教えはすべて弟子に口伝で伝わったもので、当然、聞き違いも起こってきます。

しかも経典の数は膨大で、小乗仏教VS大乗仏教の対立みたいなことが起こっていますので、説がいろいろあるのは当然です。

しかも日本に入ってきたのは、大乗仏教の日本語訳となると誤解があってもおかしくありませんよね。

ブッダの教えのコア(意図)から解釈を正常化していく作業がつきまとい、いまも続いています。

 

「三十七菩提分法」も、その代表的な事例です。

「三十七菩提分法」を歩くマインドフルネス瞑想

七歩あるいて

 

言ってることは同じなのに、三十七菩提分法、三十七品、三十七道品、三十七分法、三十七覚分と言葉がいくつもあります。


三十七とは言うものの、内容的には重複している部分も多いのも、わかりますね。

 

マインドフルネスは、どの国でもジャック・コーンフィールドとジョセフ・ゴールドスタインの概念によるものです。

その背景には、上座部仏教、小乗仏教が、基になっていますが、大乗仏教の教えも影響しています。

スティーブ・ジョブズにこだわるのは意外にも彼の在り方、あるいはアメリカ仏教が、いちばんブッダのコア(意図、真意)に近づいていた気がするからです。

アメリカ仏教は、葬式仏教でない分、教えがピュアな気がするのです。

個人を大切にする国民性とぴったり合うような気がします。

仏教はブッダ生存期の紀元前に宇宙論にまで発展していますが、ホーキンスなど著名な科学者の言動と一致していること、
多数の心理学者がブッダの教えに学んでいる点も興味がつきないですね。

三帰依(さんきえ)を集約しているマインドフルネス

七歩をあるく

フォトホルヘ・ルイス・オヘダFlotaUnsplash

帰依(きえ、巴: saraṇagamana、梵: śaraṇagamana)とは、拠り所にするという意味。
ブッダ(釈尊)に帰依するとは、ブッダの教えを拠り所にする意味。

三帰依ということばがあります。
三帰依とは、仏と法と僧の三宝を心から信頼し,尊重すること。 仏教徒の根本的な態度であり,生き方です。

  • 仏(ブッダ) – 悟りを経た者
  • 法(ダーマ) – ブッダの教え
  • 僧(サンガ)- 法を実践する仏教集団(講堂)

誤解を招かないように説明しておくと、意味は「自灯明・法灯明」と同じですが、サンガという言葉が増えています。

「サンガ」とは、いまでいうなら一般人には「学校」のことです。「三帰依」の言葉の時代は出家が主体ですから拠るべきところがないと学ぶことができませんでした。

ブッダはこれについても間違いの元にならないように、リーダー不要論を述べておられて、ひとりひとりが、主体的に自主運営で行いなさいと説示されています。

三帰依(さんきえ)を集約しているのが、「法」を内包している「自分」です。
マインドフルネスだといっても過言ではないでしょう。

マインドフルネス(注意深く)生きている自分は、孤独なものです。
孤独とは寂しいという意味ではなく、他に依存しなくてすむ自分です。
それがスティーブ・ジョブズの下の写真にあるミニマリストの正体です。

努力はマインドフルネスに勝てないのです。

ブッダを目標にしたスティーブジョブス

ただ静寂があるだけで、何もないミニマリストな部屋の佇むまだまだ若い日のスティーブ・ジョブズ氏。
スティーブ・ジョブス氏が目標にしていた「なりたい自分」だったと推察できます。

スティーブ・ジョブズ氏もブッダと同じく強い葛藤がありました。

ブッダは涅槃に入りました。
ブッダに共感して、拠り所にしたスティーブ・ジョブスも亡くなりましたが、いまも多くの人が共感し拠り所にされています。

人は死に多くの意味を持ちたがります。

輪廻転生にはじまり、三途の川や閻魔大王などを通じて・・・しかし、死んだらお終い。なにもないというのがブッダの教えです。

だから煩悩に惑わされず、いまここを大切に生きましょうと教えを残しました。
言葉ではなく在り方で拠り所になります。

そうなんです。

人は教えでしか残せないないのではないでしょうか。

拠り所になることでしか、お経とは、あなたが心の拠り所にしている人が教えてくれたことのすべてなんだと思うのです。

 

人は教えでしか残せないない。

天上天下唯我独尊。

唯我独尊

「天にも地にも唯だ我れ独り尊し」の一文を、みなさんはどう思いますか?

自分だけが尊いという解釈をされる方もいますが、そうなら、その意味はかなり深掘りしないと誤解を招きます。

ブッダが誕生したときに、七歩歩いて「天上天下唯我独尊。」と言ったはずがありません。

少なくともブッダが言ったことではなく、弟子たちがブッダ(釈尊)を奉るために創り上げたことだと想像ができます。

では、「天上天下唯我独尊」とは何でしょうか?

七歩歩いての「七歩」とは、何でしょうか?

実は解明されていないのです。

ミステリーより面白いです。

「七歩、歩いて唯我独尊」の意味を解きましょう。

マインドフルネス瞑想の意味

マインドフルネス瞑想

なぜ、マインドフルネスでは瞑想するのでしょう?

先述したように、ブッダが余命三ヶ月になったとき、「重閣講堂」に、たびたび弟子を集めて教えを説き始めます。

そして『「三十七菩堤分法」をよく実践せよ。それが世の人々の利益と安泰に役立つのだ』と語ります。

ここだけ聞くと修行して人の役に立ちなさいと教えているようですが、そうではありません。
なぜなら修行の目的は自分の「煩悩」を消し去り、いつでも涅槃に入れるようにすることにあるからです。

「三十七菩堤分法」とは、①四念処(四念住)②四正断③四神足④五根⑤五力⑥七覚支⑦八正道以上、七科総計37種類の修行方法です。

これが「七歩(=七科)歩いて唯我独尊」のことだろうと推察できます。

つまり唯我独尊とは、「自分がいちばんエラい」と解釈している方もいますが、ブッダは、自惚れ、自己卑下を厳しく否定されていますので、間違いであることは明らかです。

唯我独尊とは、「人のいのちは一つしかない、一回限りの人生を大切に生きなさい」

すなわち、七歩歩いてとは、「三十七菩堤分法」をよく実践することで、一回限りの人生を大切に生きることができると説かれたのです。

結果的に他者を助けることになるマインドフルネス


仏教の修行の目的は「煩悩」を消し去るのが目的であり、他者を助けるのが目的ではありません。
結果的に他者を助けることになるのです。

修行する姿が結果的に他者を感化して、煩悩を抱えて苦しむ人の利益と安泰に役立つのだという慈悲の心につながります。

「原因=結果」つまり因果すなわち「縁起」です。

スティーブ・ジョブズの生き方が、ブッダにダブります。

デコボコ道を楽しむ「ハッピーブッダ」

ハッピーブッダ

小乗仏教では、上記のような解釈になりますが、大乗仏教ではもっとわかりやすく伝えようとして、「自分を犠牲にするのが慈悲の精神である」というように変わってしまいます。

 

親は子どもの前で餌をとる姿を見せます。

子どもはそれを見て親にならって自分で餌をとります。動物の世界では、餌をとる自分の姿を子どもに見せるのが教育になります。

子どもができるようになるまでに予め期限を設けて実践。出来るを見届けて親と子は別れます。ブッダの教えのままに実践されています。

 

一方、大乗仏教では、法隆寺にある日本最古の仏壇に書かれているように飢えた虎を助けるためにブッダは身を投げ出しています。


自己犠牲の心です。

 

このように小乗仏教と大乗仏教では「利他」ということひとつとっても意味は違います。

 

ブッダはこうなることを見越したかのように、

ただ誰かから聞いたからといって、それを信じるな。

何代も受け継がれたからといって、その伝統を信じるな。

たくさんの人の間で語られ、噂になったからといって、それを信じるな。

あなたが所属する宗教の聖典に書かれているからといって、それを信じるな。

ただ貴方の先生や先輩の権威だからといって、それを信じるな。

しかし、観察と分析を行なった上で道理に合っていて、すべての者の利益になると貴方がわかったならば、それを信じなさい。

「自灯明・法灯明」を最期の言葉として残されたのです。

 

ここに仏教の真髄、凄まじさがあるのではないでしょうか。

矢印の先に注目

「諸行無常」(人生は曲がりくねったデコボコ道)

いきいきゴエスのマインドフルネス研修、瞑想は「ハッピーブッダ」がコンセプトです。

100年続くデコボコ道を楽しむ「ハッピーブッダ」のスキルを育むのがマインドフルネス研修です。

『「諸行無常」(人生はデコボコ道)だから、(自分の一瞬)をおもてなしでエンドレスにワンダフル』が合言葉です。

自分を「おもてなし」

人生はデコボコ道だけど、ライフデザインを明確にして、ライフプランを設計して、ライフプランを目標に生きる姿が、スティーブ・ジョブズが多くの人に影響を与えたように、家族にスピリチュアルな体験の残像を刻むことができます。

スピリチュアルな体験の残像はすばらいい記憶となって受け継ぐ人の勇気になります。

勇気は語り継がれ、模擬され続けてエンドレスにワンダフルな体験になり続けます。

マインドフルネスは、個人の体験として、はじまりますが、ライフプランにライフデザインにして、落としこむことで、「諸行無常」といわれる人生という曲がりくねったデコボコ道を素敵なあなたの道に変えることができます。

矢印の先に注目

マインドフルネスなライフプラン

マインドフルネス瞑想。最初の一歩は「四念処(四念住)」。

マインドフルネス瞑想

「七歩、歩いて唯我独尊」・・・いきいきゴエスのマインドフルネス瞑想は、最初の一歩、四念処(四念住)は次の4つで構成されています。
観察する瞑想と言われています。

 

4つとも「念」の文字が入っています。
この念は「念じる」ではなく、「気づき」の意味です。

  1. 身念処(身念住)
  2. 受念処(受念住)
  3. 心念処(心念住)
  4. 法念処(法念住)

マインドフルネス瞑想 呼吸の仕方

いきいきゴエスのマインドフルネス瞑想は、唯我独尊への7歩の歩みを瞑想で実践します。

「呼吸の仕方」は

・念ずることを目の前に据えて坐る、気を付けながら息を吸い、息を吐く、

・身体の活動を静めて、私は息を吐こうと思い実修する。

・自分の内に、他人の外の身体について観察、身体の中で生起してくるもの、消滅する現象を観察する。

・ただ「身体のみが存在する」と思い、依存がなく、執着がなくなる。

・・・と、されています。

瞑想を通して、貪り、怒り、迷妄、心の統一、広大な心が生れて消滅するのを観察します。

瞑想(観察)することで、識る(知って)煩悩を消し去るのが目的です。

識る(知る)とは、頭で理解する、知ることではなく、体に収めた全器官で覚えることです。つまりなりきることです。

これを覚りといいます。気づきです。

私は私になりきる・・・・そうして最高の私になりきる。

マインドフルネス瞑想。七歩歩いて、唯我独尊。

 

マインドフルネス瞑想 1.身念処(身念住)

マインドフルネス瞑想。七歩歩いて、唯我独尊。

「身念処(身念住)」とは、わが身は不浄であると観察することです、。

身体におけるすべて(息、行、住、座、臥、身体・行動のすべて)が不浄であることを観察します。

 

身念処(身念住)についてはこんな話があります。

 

ある男が美しい女性に出会います。

女性を想う気持ちを伝えたところ、女性はよろこぶこともなく、「この肌の下には、醜い身体が隠れている。血みどろの肉塊でしかありません。内臓の器官はどれも非常に汚らしいものです。

さらに肉をそぎ落とすと、不気味な骸骨があらわれてきます。

この肉体から排出されるものに、何一つとして美しく清浄なものはありません。
なのに、あなたは、私の本当の姿を見ることもなしに、肉体の不浄性を直視せず、美化して、愛しいという。」

 

 

たしかに言われてみればその通りです。

では、それを知ってどうすれば良いのでしょう。

 

間違った捉え方(思い込み)が煩悩の元なのです。

よく観察して、真実を知って間違った思い込みをリセットして、正しい見方に矯正して煩悩を消し去るのです。

煩悩を消し去る訓練プログラム「四念処(四念住)」の最初のひとつが、「身念処(身念住)」です。「身念処(身念住)」は身体を観察するプログラムです。

ただ誰かから聞いたからといって、それを信じるな。

 


何代も受け継がれたからといって、その伝統を信じるな。

たくさんの人の間で語られ、噂になったからといって、それを信じるな。

あなたが所属する宗教の聖典に書かれているからといって、それを信じるな。

ただ貴方の先生や先輩の権威だからといって、それを信じるな。

しかし、観察と分析を行なった上で道理に合っていて、すべての者の利益になると貴方がわかったならば、それを信じなさい。

ブッダ最期のお言葉「自灯明・法灯明」につながるトレーニングです。

 

マインドフルネス瞑想 2.受念処

マインドフルネス瞑想。七歩歩いて、唯我独尊。

一歩目のトレーニングの二は「受念処」です。

感受とは、感受性という表現をします・

心で感じる能力

感受は苦であると観察する。

 

一切の感受作用(外部の感受作用、内部の感受作用)は、苦しみにつながることを観察する。

快楽、苦痛、不苦不楽について、感じている実感を観察する。

私は快楽を感じている、私は苦痛を感じている、これら感受作用について観察する。

有名な「一切皆苦」のことです。

 

「一切皆苦」・・・・人生は思い通りにならない

まず、お釈迦さまは、私たちの世界は自分の思い通りにならないことばかりである、という真理を説いています。

仏教の「苦」とは、単に苦しいということではなく、「思い通りにならない」という意味です。この「苦」には、「四苦八苦」と呼ばれる八つの苦しみが挙げられます。

こうして読んでいくと、だんだん暗い気持ちになります。

決定的な苦は、死・別れ・老い・病ですが、「受念処」はトレーニングプログラムです。
人生はつらいものだと思うのが煩悩。目的は正しく感じて煩悩を消す。

「諸行無常」ですべては移り変わるとも言われています。何事も川を流れていくように変わっていく。
死・別れ・老い・病も留まることなく過ぎていく。

アメリカ仏教では、ポジティブに感じて「一切皆苦」を「人生はでこぼこと道」と解釈。
自分を傍観者にせず、主体性を大切にしました。

「働かされている」と思う人が多い日本と違い、自らの意志で「働いている」と思うアメリカ人。違いの根源は、ただただ自分にある。

自分に目的がないか、あるかの違い。

これからの人生100年時代は、後者の時代です。

一歩目のニ「受念処」です。

 

マインドフルネス瞑想 3.心念処 (しんねんじょ)

マインドフルネス瞑想。七歩歩いて、唯我独尊。

一歩目のトレーニングの三は「心念処 (しんねんじょ)」です。

心念処 (心念住)

「心について(心は無常)」をみる(気づく)瞑想です。

なぜこんな瞑想をするかというと、「原因=結果」ですが、「結果=原因』と考えるのがブッダ流だからです。

たとえばカップルが盛大な結婚式をしています。早ければ成田離婚、遅くとも5年もすれば不機嫌な二人になります。

稀に死ぬまで仲のいいカップルがいます。

なんで離婚したの? 「原因=結果」ですが、「結果=原因』だと知っていたら、死ぬまで仲のいいカップルになれます。

心は無常だと気づいていたら、無常にならなくて済むこともあるというのが、ブッダが伝えたいことです。

仏教はエンドレスにワンダフルでしょう?

 

 

心は常にいろいろなこと考え、一瞬たりとも止まることなく変化し続けていることを観察します。

つまり心は無常であることを観察します。

 

 

心の状態(感情想念、貪欲、瞋恚、愚痴)を観察する。

・貪欲(どんよく)とは、執着、欲張り、貪り、等である。

・瞋恚(しんに)とは、怒り、憎しみ、恨み、等である。

・愚痴(ぐち)とは、妄想、怠け、無自覚、等である。

 

私の心が執着している、

 

私は心が名誉を求めている。
私は心に怒りがある、
私は心に妄想がある、
私は心に怯えがある。

その他、心の状態について観察します。

 

マインドフルネス瞑想 4.法念処(法念住)

マインドフルネス瞑想。七歩歩いて、唯我独尊。

一歩の四。は「法念処(法念住)」です。

 

諸法は無我であることを観察します。

 

諸法とは、すべてのことですが、私たちはその中に「自分」という存在も含まれていると考えがちです。

この世には、「私が存在している」と確信しています。

 

しかし、それは錯覚だといいます。

この世に自分などいないのです。私は煩悩に基づいて想像している。

六大煩悩

煩悩とは、心身を乱れさせる心の汚れです。

つまり執着です。(これを掘り下げ、深めると「阿頼耶識=深層心」に行き着きます)

 

 

目の前にりんごがあるとします。

①りんごがあることを認識する

②自分の中に映像があり、言葉(りんご)を使い、確定します。

③執着が生まれる

 

 

因果関係をのプロセスを観察します。

言葉は限界と束縛を生みます。

言葉で迷うから言葉で正していきます。

頭で理解するのではなく、体で理解する。

つまり瞑想を繰り返しなりきる(深層心に成育させる)まで理解します。

 

瞑想の形に囚われません。[st-kaiwa3][/st-kaiwa3]

 

諸法無我

素敵な変化が美しいのは「無我」だからです。

 

諸法無我―すべては繋がりの中で変化している

全てのものごとは影響を及ぼし合う因果関係によって成り立っていて、他と関係なしに独立して存在するものなどない、という真理です。

 

 

自分のいのちも、自分の財産も、全て自分のもののように思いますが、実はそうではありません。

世の中のあらゆるものは、全てがお互いに影響を与え合って存在しています。

 

自然環境と同じように、絶妙なバランスのうえに成り立っています。

こう考えると、自分という存在すら主体的な自己として存在するものではなく、互いの関係の中で”生かされている”存在であると気がつきます。

 

 

「法念処」は諸法無我に気づくトレーニングです。

「気づくトレーニング」とは、実感することで体得する=なりきることです。

 

 

最初の一歩、四念処(四念住)を実感するのが、

1.身念処(身念住)

2.受念処(受念住)

3.心念処(心念住)

4.法念処(法念住)

です。

 

四念処(四念住)は、ひとことで言うなら、生まれつきのように持っている間違った見方、考え方をリセットして正しい見方に矯正するのを目的としたトレーニングです。

 

四念処(四念住)は最初の一歩にすぎませんが、放置しておくと心身がマインドトーク(雑念)だらけになり、心身が汚れまくった状態になり、なにひとつ集中できなくなります。

 

集中できなくなっていることさえ気がつかなくなるほど雑念に埋め尽くされます。

 

 

スティーブ・ジョブズのマインドフルネスな決断

スティーブ・ジョブズ

 

スティーブ・ジョブズさんの言葉が思い出されますね。

数ある語録のなかでも有名な言葉ですね!

 

もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?

 

ジョブズは人生を左右する重大な決断に迫られたとき、この言葉にマインドフルネスな決断を下してきたそうです。

スピリチュアルな体験の結果が世界的な超優良企業を作り出したという事実を思い浮かべると、非常にスピリチュアルな言葉であると言えます。

 

つまりマインドフルネスって「注意深く」ということですね。

マインドフルは注意深くだけど、マインドフルネスは「なりきる」ということ。

人生100年時代のマインドフルネス研修

スティーブ・ジョブズとスターバックス

 

人生100年時代のマインドフルネス研修は、一般社団法人いきいきゴエス協会で受けることができます。

マインドフルネスなファイナンシャルプランニングを実施てしているゴエス協会は、ゴチャゴチャしているものを整理整頓するプロ集団です。

ゴチャゴチャしているもの・・・ってなんですか?

 

心の悩み、お金の悩み、モノの悩みなどです。

「整理・整頓・清掃・清潔にして習慣」にするサポートをします。

心の悩み、お金の悩み、モノの悩みは個別の問題ですので、個別対応になります。

 

 

マインドフルネスで育む睡眠マスター

心

 

「いきいきゴエス」では、悩みの原因を作らずに済む暮らしができるように、スリープアスリート養成を行っています。


こちらは講座を中心に展開しています。

 

スリープアスリートとは、睡眠マスターですが、質の高い睡眠ができるように、睡眠の知識をコーチングしています。

 

「質の高い睡眠」といっても、睡眠環境、睡眠準備はもちろんですが、悩みがあるといくら睡眠環境、睡眠準備を整えても「質の高い睡眠」を摂取できません。

 

健康寿命が延伸するほど、暮らしの悩みも増えるので「質の高い睡眠」も難しくなります。

 

 

スリープアスリート認定試験講座

 

 

なので、「スリープアスリート」は、参加される方々にあった形で「良質な睡眠」をサポートしていただけます。

クラス別という表現をしていますが、クラスに優劣があるわけではありません。

内容を入力してください。

 

「スリープアスリート」は講座後もフォローしてくれるので助かります。

矢印の先に注目

無料相談

 

マインドフルネス研修の特徴

ハッピーブッダ

 

3歳だったスティーブ・ジョブズは、雑誌「ライフ」の表紙に掲載されていた飢餓で苦しむアフリカの子供の写真を牧師に見せて尋ねました。

 

「僕が自分の指を挙げると神様は挙げる前にそのことを知っているのですか」

牧師は「はい、すべてご存知です」と答えました。

 

「では、神様はこのことを知っていらっしゃるのですか?そして彼らは今後どうなるのでしょう?」と尋ねました。

「スティーブ。君には理解できないだろうが、神様はそのこともご存知です。」

 

その答えを聞いたジョブズは、そんな神様はいらないと発言して、キリスト教会に二度と戻らなかったと言います。

その後、成長したジョブズは禅を学び、禅の実践に励んだといいます。

 

ジョブズの考えはこうです。

「宗教が本来の力を発揮するには、伝達された教義を受け継ぐだけでなく、ひとりひとりがスピリチュアルな体験を強調することが必要なのだ。」

 

ひとりひとりがスピリチュアルな体験を強調する。

 

たった一度の人生をマインフィフルネスに天上天下唯我独尊を突き進むんだ。それが生きるということなんだ!

 

ブッダになる決意がマインドフルネスのスタート地点

マインドフルネス

フォトギレルモフェルラUnsplash

マインドフルネスは「心が満ちる」と訳されます。
マインドフルネスは「気づき」とも訳されます。

合ってるようで、どこか違う気がします。だからマインドフルネスはマインドフルネスと翻訳されずに使われます。

しかし、それでは意味がよくわからない。

 

マインドフルネス、集中することがとても重要です。雑念を取り払う。
つまり注意深くやろうとすれば、雑念の入り込む余地がなくなります。

この状態がマインドフルネスです。

 

私たちは便利よさにどんどん慣れていき、慣れるほどに面倒くさいことを嫌いになります。

面倒くさいことから解放されると、どんどん集中することを後回しにします。

「歩きスマホ」というような「ながら」が当たり前になっていきます。

 

どんどんマインドフルネスから離れていきます。

それが格差社会を作る原因になっています。

 

いきいきゴエスのマインドフルネス研修はライフシフトがきっちりできる人を養成することが目的です。

 

ライフシフトするためのマインドフルネス研修

人生100年時代のライフシフター

いきいきゴエスのマインドフルネス研修は、誕生したブッダが「七歩歩いて、天上天下、唯我独尊」と言った七歩をクリアする研修です。

 

信じる宗教に意味はない。

気づく宗教、目覚める宗教に意味がある。

気づく宗教、目覚める宗教とは、ひとりひとりがブッダになることをめざす宗教のことです。

 

マインドフルネス(気づき)の出発点ですね。

 

仏教は拝むものではありません。
仏教は心理学です。生きる哲学です。生きる羅針盤です。

仏教というと「宗教か。私は宗教に関心ありません。」という人がたくさんいることは悲しいことです。

 

ライフサイクル、ライフデザイン、ライフシフト、ライフスキル、ライフスタイル、ライフプラン・・・人生100年時代にふさわしい、もっとも古くていちばん新しい。いまもっとも必要とされている「生きる智慧」です。

 

ブッダの弟子は言いました。

覺りは、さほど難しいことではない。

大事なのは、供養に値いする人になれるか、どうかなのです。

このアグレッシブさが、仏教です。

 

仏教は拝む宗教ではない、ひとりひとりがブッダになることだと言い放ったスティーブ・ジョブズに通じます。

大事なことは結果ではない。

 

[st-kaiwa3]トライ(実践)することなのです。[/st-kaiwa3]

 

マインドフルネス(注意深く)で暮らす

マインドフルネス

フォトリチャード価格Unsplash

ブッダならこういいます、

「何に悩んでいるんだい?」

聞かないと分からないからです。

「会社にお金がないんだ」=

「どうしてお金がないんだい?」

「それがわからないんだ」

「よくかんがえてみろ、人の役たたないからだ」=

因果応報。

 

仏教は難しい教義がたくさんあるように思います。

 

 

そもそも経典、そのものに書いた人の解釈が入っているので、しかも膨大な数の経典があります。
それぞれに翻訳があり、翻訳には翻訳者の思惑が介入し、混乱を招いています。

そこで自分が思うに、ブッダの言葉「自灯明・法灯明」です。
信じられる自分を拠り所にして道理を考えて問題を解く。

 

「自灯明・法灯明」は、ブッダ(釈尊)が入滅される前に弟子に示された最後の教えだといわれています。
「自灯明・法灯明とは、「他者に頼らず、自分を拠りどころとし、法(道理)を拠りどころとして生きなさい」ということです。

 

スティーブ・ジョブズが世に送り出してきた商品を思うと、ブッダの教えに通じます。

ブッダの教え。

たとえば、仏教を誤解する原因のひとつ日本語で言うところの「諸行無常」とは、本当はどんな意味なのでしょうか。

「諸行」とは「すべてのもの」。

「無常」とは「常が無く、続かないこと」をいいます。

この言葉から受ける日本人なインスプレーショには、「もののあはれ」・・・哀しい印象があり、これが日本人の精神性と深く結びつき「桜」に代表されています。

しかし、ブッダの言った意味は、「世の中は常に変化しているから、注意深く生きなさい」ということで、無常だから哀しいとはひとことも言ってません。

 

ジョブズは、思いもしない因果関係に気をつけて、見えないところまで細心の注意を払い商品づくりをしました。

友人のウォズニアックから「誰がそんなところまで見るんだ?」と言われても考えを変えようとしませんでした。

「細心の注意を払って」これが「マインドフルネス=気づき」の意味です。

ジョブズは自分が起業した「アップル」を通して、ブッダになろうと実践していたのだと感服します。

 

まとめ

知識ではなく知恵

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  • マインドフルネス研修
  • マインドフルネス瞑想
  • マインドフルネス実践
  • マインドフルネスってなに?

働き方改革=人生100年時代、求められているのは「自己責任」です。

国や会社でも面倒見切れないから、「自分でお願いします。」というのが本音です。
そんな時代に、美しくいきてみせる覚悟が必要です。

マインドフルネスの実践です。

簡単ではありません。勉強するしかありません。
しかし、多くの国の人々は、そうして生きてきました。

その代表が「アメリカ人」です。そこにはいまもかってないない葛藤があります。
だからマインドフルネスを大企業が導入しています。

私たちは、働き方改革を言う前に、生き方改革がはじまったばかり。
人の真似ではなく、自分らしく追求するところにチャンスがあります。

いきいきゴエスはゴエスでマインドフルネスします。

マインドフルネス実践で人生100年時代の「天上天下唯我独尊」を完全マスターしませんか。

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