十牛図最後の絵「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」

「十牛図」入鄽垂手(にってんすいしゅ) お釈迦さま

十牛図(じゅうぎゅうず)

「十牛図」10枚目の絵は最後の絵「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」になりました。

「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」;これまでの9枚と全く違うので驚かれるでしょう。

牛を追いかけていた牧人の体は、なぜか、太って大きくなっています。
しかも、だらしなく見えます。手には禁止されている酒を持っているようです。
しかし、「入鄽垂手」では、街行く人と楽しく会話をしています。

牧人は、なで、こんなに大きくなったのでしょう。

この記事は以下の方におすすめです

  • 本当の自分を探している方
  • いまある悩みから解放されたい方
  • やる気が出ないとお悩みの方
  • ゴミ部屋に住んでいる方
  • 将来が不安な方

そう「十牛図」・・・「入鄽垂手」は、いまある悩みから解放されたい方にぴったりの記事なんです。

 

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十牛図 最後の絵「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」

悟りに至る10のステップ

 

「入鄽垂手」には「十牛図」の心がつまっています。
「十牛図」は、仏教は、修行つまり出家した人だけが幸せになるのではなく、すべての人が幸せになることをめざしています。

つまり善もなく悪もない。対立を排除してしまったところに、真の自分がいます。

「布袋さん」のようになった牧人

「十牛図」入鄽垂手(にってんすいしゅ)

 
それでは「十牛図」の最後の絵「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」を見ていきましょう。

「入鄽垂手」に描かれている布袋(ほてい)さんような人は、牛を追いかけていた牧人です。

すっかり風体が変わっています。なぜでしょう。

布袋さんは、七福神(しちふくじん)の一人ですが、もともとは、中国の唐の時代の禅僧がモデルです。

布袋さんは大きな袋を持っていますが、袋の中には、人からもらったものが入っていて、人に会うとそれを取り出してあげていたといいます。

牧人はいまではまるで「布袋さん」になっています。

入鄽垂手(にってんすいしゅ)

十牛図

「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」の「鄽」とは人々が住む町のこと。

「垂手」とは、人々を教え導き、救いの手をさしのべることをいいます。

町にやってきて、人々と交わるということ。

真の自分とひとつになった牧人は、人が往来する町で、人々と交わります。

身なりにこだわることもなく、外見を気にせず、仏教が禁じている酒を飲んでいます。

酒を酌み交わしながら相手が楽しそうなら、笑い転げ、悲しんでいたなら一緒に悲しみます。

笑って泣いたら、再び山に帰っていきます。

出会った人の考えや行いに影響を与えると同時に、さらに知らないことも体験していきます。

交流することで同時に自分自身の成長にもつながっています。

人々に貢献することは、自分のためでもあるのです。

良寛和尚を連想させる「入鄽垂手」

良寛さんの連想させます。

 

良寛さんの書

 

良寛さんは、清貧の中で生けるものへの愛を失わず、子供と戯れ、友と語り、女人を慈しみ、和歌や漢詩を詠み、書に優れた托鉢僧でした。

 

私たちの暮らしは、親しい人、見知らぬ人との交わりで成り立っています。同時に四苦八苦の原因になっています。

四苦八苦の中に幸せがあるといえます。

酒を酌み交わして相手は、四苦八苦そのものですが、共感、共有することに幸せがあるのです。

これは良いもの、悪いものと分け隔てるのではなく、全部受け入れていく。

もし、自身に分け隔てる習慣があれば、いくら度量の大きい人でも壊れてしまいます。

壊れないのは気に留めないからです。

悟りとは、幸せになること。幸せとは、「これは幸せ」、「これは不幸」と、分け隔てないこと。

幸せも、不幸せも、言葉が作った幻想でしかないのです。

十牛図のクライマックス「入鄽垂手」では、ただ「あるがまま」が在るだけなのです。

禅と人生

煩悩の消滅が、仏教の目的

八識

四苦八苦とは、次の4つと熟語4つのことです。

  1. 生・・・・生きていること自体、肉体的精神的苦痛が伴う。
  2. 老・・・・老いていくこと。体力、気力など全てが衰退していき自由が利かなくなる。
  3. 病・・・・様々な病気があり、痛みや苦しみに悩まされる。
  4. 死・・・・死ぬことへの恐怖、その先の不安。
  5. 愛別離苦(あいべつりく) ・・・・愛する者と別離すること
  6. 怨憎会苦(おんぞうえく) ・・・・怨み憎んでいる者に会うこと
  7. 求不得苦(ぐふとくく)・・・・求める物が得られないこと
  8. 五蘊盛苦(ごうんじょうく)・・・・五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならないこと

仏教ではこの世の中は一切皆苦(すべてのものは苦しみである)といいます。

仏教でいう「苦」とは、「自分の思い通りにならない」ということを意味しています。

思い通りにならないことに執着することで、煩悩はどんどん増え、深まり、苦痛は深層心理にまで溜まっていきます。

何度も言ってる末那識。阿頼耶識ですね。

末那識。阿頼耶識の扉を開き、自分を解放するのが仏教の目的です。

十牛図

たった10枚の絵に凝縮した「悟り」

「十牛図」は、仏教を学ぶ道具です。

その教えは、たった10枚の絵に凝縮されています。

  • 本当の自分を探している方
  • いまある悩みから解放されたい方
  • やる気が出ないとお悩みの方
  • ゴミ部屋に住んでいる方
  • 将来が不安な方

これらお悩みの方々の煩悩を解決するメッセージは、10枚の絵に描かれているので、深掘りすることをお勧めします。

本当の自分を探している方

慢
自分を探している方には、自分のイメージがあり、現実の自分との違いに攻撃を受けています。
自分の中にカッコいい自分のイメージがあり、そのカッコいい自分から攻撃されているのです。

 

「十牛図」最後の「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」で描かれている牧人の姿は牛を家に連れて帰る牧人の姿と全然違いますよね。
一見するとだらしないのない姿ですが、これが真の自分です。

いまでは気にせず人と交流しています。

カッコいい自分から攻撃されているとは、自分はこんなにすごいんだという「慢」の煩悩から攻撃です。

人間の身体とは不思議なのもので、もともと自分を守るようにできていたシステムが、いまは自分を痛めつけているのです。
その代表が「ストレス」です。

ここでは詳しい説明を省きますが、(こちらに説明があります)自分を守るためのホルモンからの攻撃です。

 

十牛図ハッピーブッダ

ハッピーブッダ

向上心という名の慢心

ストレスからの攻撃を、さらに強い刺激でストレスを撃退しようとします。
そうする負の循環にはまり込んで、ストレスはますます強くなり、やる気が出なくなり、部屋は「ゴミ部屋」になります
部屋に帰るたびに将来が不安になります

つまり、「本当の自分はこんなものではない」という「向上心という名の慢心」から始まっています。

身体と同じように精神も精神からの攻撃を受けているのです。
牧人が真の自分を発見したように、カッコいい自分はすでに自分の中にいるのです。
気づくことができれば、自分が見つかります。

食欲がないのに食べても健康に悪いように、

やる気がないのに勉強しても記憶力が損なわれ、

記憶したことは保存されない。

                 レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

対策はこれです!

 

慢心を捨てるとは

十牛図・最後の絵「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」と10のプロセスには仏教(仏道)のエッセンスが凝縮されているといっていいでしょう。

一切皆苦を矛盾することなく受容して、共に生きていけるなら、この世はエンドレスにワンダフルが楽しい。

「十牛図」の境地に達することを「気づき」と呼びます。

自分を「おもてなし」

 

「十牛図」10のプロセス

仏教は哲学であり、ただ信じたり、拝むものではありません。「自分を解放する。」

矢印の先に注目

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まとめ

仏教とは、自分を解放するのが目的です。

ストレスから解放されることを求めるにではありません。
ストレスを受け入れるのです。

「そんなのイヤです!」と言いたいでしょう。
嫌がるストレスはもともとないのですから、イヤもへったくれもないのです。
自分が創造したものでしかありません。

快楽のうしろには

面倒と悔恨をもたらすものがついている。

                 - レオナルド・ダ・ヴィンチ -

快楽がストレスの根源で、ストレスを無くそうと、快楽を求め、それがストレスになり・・・・エンドレスに悪夢が続きます。

矢印の先に注目

西遊記で夏目雅子が演じた玄奘三蔵法師

仏教の根本思想である「唯識」は、「西遊記」のモデルである三蔵法師がインド地方から中国に持ち帰ったものです。

「西遊記」は、 1978年10月~1979年4月、日本テレビ系で放映され、一世を風靡した波乱万丈のコメディです。
魅力的なキャスト、ゲストで、当時、画期的な中国ロケを敢行、主題曲「ガンダーラ」と共に、いまも多くの人から熱い支持を受けています。

本来は男性である三蔵法師を若くして世を去った夏目雅子さんが演じたことも話題を呼びました。
画像の夏目雅子さんはおどけていますが、「唯識」の真実を物語っていると思います。

西遊記 DVD-BOX 1

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