「十牛図」人牛倶忘と空一円相

「十牛図」人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう) 十牛図

「十牛図」人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)

 

「十牛図」人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)

前回7枚目の「忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)」では牛が消えましたが、「人牛倶忘」では、うたた寝をしていた牧人も突然いなくなりました。真っ白い丸の一円だけになりました。

あるのは、ただ空白だけ。牧人になにが起こったのでしょうか。

「十牛図」人牛倶忘と空一円相は、次のような方におすすめです、

この記事は以下の方におすすめです

  • 頑張っているので望む結果が出せないでいる方
  • 思うようにいかず疲れたと感じている方
  • これから何かを始めようとしている方
  • 変化を恐れている方

「十牛図」人牛倶忘

得牛

 

「人牛倶忘」では、仏教が説く、おなじみの「空」という究極の真理に到達しました。

「空一円相」の図は、よく見かけるので、有名ですよね。

牛(真の自己)を牛小屋に入れて、物語は、終わったように思いますが、ここで「空一円相」になるとは、重要な意味がありそうです。

無我(空)

一人一宇宙

自分とは、宇宙とは。

根本の問いを追いかけて、「牛」を追いかけて、牧人は旅に出ました。

この答えは「無我(空)」です。

「忘牛存人」でやっと「本当に自分になった」と思ったら、「我はない」と言われたら凹みますよね。

「我はない」は「あらゆる存在(自分・事物・自然・宇宙)は存在しない」に発展します。

釈尊は、「神が創り給うた」とするキリストの教えすら否定したのです。

空とは、言葉で表現できない摩訶不思議なものを意味します。

その真意は、「空になれ」「空を悟れ」という釈尊の励ましだと受け取れば合点がいきます。

仏道では言葉、知識ではなく、実践を尊びます。

空一円相

空一円相
空とはなんでしょう。自分は「なりきる」ことだと感じます。
「なりきれば(自分は)消えてしまうからです。」

まどろんでいた牧人は、「真の自己になりきった」ことで、「真の自己」も空になりきって、ひとまずめでたしです。

もし、まどろんでいた牧人が、おれは真の自己になりきった」と自慢気に語れば、その途端に牛を見失い、いちばん最初の絵である「尋牛」の図に戻ってしまいます。

無分別智の幸せ

無分別智

自分は、上の写真を撮るために、レンタルの馴れない自転車コギコギ、行って、知らない町の真っ暗な道を通って帰ってくるのに、合計10時間ほど費やしてしまいました。

ここで言ってること自体が褒められてことではないのですが、このことを思っていると、「無分別智」は途端に「分別智」になり、「慢」が生まれてしまいます。

そうすると、私は夕陽が美しい稲佐の浜から追い出されて、静かだった海は荒れ、台無しになります。

実際には、この写真の美しさを台無しにせずに済んでいるのは、この写真への私の念が強いので、余計なことは一切考えずに済んでいる次第です。

念が強いとなりきれると申し上げておきましょう。

仏道の根本思想に「縁起の故に無我である」という考えがあります。

自分は多くの縁から生じたものだから、自分は存在しないというわけです。

おにぎりの宇宙

おにぎり

私はおにぎり禅を毎日しています。

「ごはんがおいしい」と感じるはじまりは、数粒の米から始まり、舌、神経、脳、60兆のの細胞が縁(ネットワーク)とつながっています。

さらにお米には、お米になるために、農家の方々、水、太陽、大地、地球の縁があります。

さらにお米がごはんになるには、火、ごはんに変わる場所、大地、地球、星、140億光年の宇宙の果てという全宇宙との縁でつながっています。

すごいですね、ごはん一粒が、一粒を食べる自分が、こんなにも膨大な縁でつながっているのです。

無明


無明

仏道を習うとは自分を習うことだといいます。

自分を習うとは忘れることだといいます。

子どもは生まれたときから無明です。

生まれた時からエゴがあります。

自分を習うことなく、無明から抜けないでいると、死ぬまで執着にこだわり続けます。

「それで良し」と思うことすらなく「無明」に気づくこともなく、(原因=)結果を生きています。

「十牛図」8枚目の「人牛倶忘」に到達するには、因果(原因=結果)を正すしかありません。

それが「真の自己」になるということであります。

「私らしく生きたいのです」とは対極にあると思う次第です。

まとめ

慢

 

「十牛図」人牛倶忘と空一円相」』はいかがでしたか?


マインドフルネス、禅をしていると、自分はこれだけ進歩したと考えてしまいます。

そう思った瞬間、マインドフルネス、禅の効果を手放してしまいます。

「それは気づかない内に、自分の否定をしていることに他ならないからです。

否定の裏には、苦しみが貼り付いています。

苦しみから抜け出るために、「こういう自分になりたい」と思うほど、傲慢になっていきます。

なぜでしょう。

否定の連鎖が起こり、「こういう自分になりたい」と強く願うほど、貪・瞋・癡(とん・しん・ち)の三毒が溢れ出してしまうからです。

「十牛図」人牛倶忘は、これを戒める意味で、空の力を説いています。

この記事はお役に立ったでしょうか

 

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