【終活のゴエス】身体感覚で識る、いまここ。

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お釈迦さま

仏教の根本教理は「苦(一切皆苦)」と「空(諸行無常・諸法無我)」に集約されています。

この世のすべてのものが「空」であるならば,「空」もまた「苦」同様に実体のない「空」です。
この素朴なことを知識ではなく自身の身体感覚で納得できるなら、既にその人は涅槃寂静の境地に達していると言えます。
その境地では「いまここ」だけがあり執着がなくただこだわりがあるのみです。

「今,この瞬間」だけをよりよく生きることに専念し、過去や未来に思い悩むことはありません。「今,この瞬間」を積み重ねるだけことが仏になる方法であり「往生」なのです。「仏教」とはこれだけのことであって、学問でしかなく、天国も地獄もなく、墓、供養、戒名など宗派別のしきたりとは、別のものなのです。そうするとほとんどの悩みは片付きます。

「身体感覚」で知る(識る)ことは、とても大事なことだと思います。
単なる知識で知ることは簡単です。
たとえば同僚の女性がいじわるをする。
その理由がわからないと「彼女はいじわるな人」、「性格が悪い」で片付けてしまう。
それで親しい人と彼女の悪口で鬱憤を晴らす。

しかし身体感覚で理解できない人は、それでは片付かない。
彼女を理解することが自分を理解することに繋がっているので、どうしても「いじわるする感覚」が知りたい。

彼女がパパイヤを食べておいしいろ絶賛しているのを見てなにがそんなにおいしいのか、
彼女の味覚を知りたいと思うのに似ています。

こうなるとどんどん彼女にハマっていきます(笑)
「いじわる」を研究したり、「パパイヤ」を研究する羽目に陥ります。
割り切れないだけなのですが、理解できないことがそのままあるのが嫌なのですね。

物事というのはなんでも「なぜ?」「なぜ?」なぜ?」の繰り返しで、突き詰めれば解明できます。
途中で止めればそれだけのことですが、腑に落ちれば解放されます。
偉大な科学者はそれをやり続けた。お釈迦様は人生の科学者だったのかもしれません。

識ると知るは発音は同じでも意味が違います。

知る・・・知識を得ること、新しい情報を得ること
識る・・・新しい情報を自分の中で分析・整理して理解すること。

身体感覚で知るとは「識る」なのです。

キリストも同じであってお釈迦さまも求道ぶりが偉大でありすぎたゆえ、圧倒された周囲の者が崇拝し広めようとしたのだと思います。裏返せばお釈迦さまはそれだけ「悶苦」と葛藤した。そのひたむきさこそが「涅槃」に到達する突破力だったのでしょう。

それほど周囲の共感を生み出したのです。出家すれば修行として「苦行」を強いられますが、一般にあっても「苦行」のチャンスに囲まれているので、「バカ」と言われても逃げ出さず空になるまでやってみると「バカ」の楽しさが涅槃への道ずれになってくれます。

一般社団法人いきいきゴエス協会では、終活を通して仏になる応援をしています。

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