人生脚本

200年ゴエス
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釈迦が遺した『十二縁起』を有効に役立てて、無意識の人生脚本からはじまるドラマ的交流を、人間関係の悪循環にフィードパックの考え方を応用て、非建設的な事態をコントロールすることはできないものか。つまり対人交流の結果を調べて、人間関係の結果の善悪で今後の行動を修正してい人間関係へと変えることはできないものか。この目的で私どもが使っているのが交流分析です
なぜなら自分の性格上の問題や考え方で、生き方を変えないかぎり、先で不幸になるのが目に見えているのに放置しているヒトが後を絶たないからです。

三宝院沙門

こんにちは。愛が溢れる200年婚のために、歩き遍路であるべきようわを愉しむFP.アセットドクター、ゲンキポリタン三宝院沙門です。
人生がエンドレスにワンダフルであることを祈って『人生脚本』にこだわり続けて30年、痛い経験を重ねて魂の叫びを今日も聴いてくださいね。

決定版「図解」十二縁起
四諦になる原因を説明したのが十二縁起です。四諦から抜け出る方法はある。それは仕合せになることだとブッダは言いたかったのです。私たちは一人一宇宙ではあるけれど、私たちは大宇宙に暮らしている。繋がれば幸せになれる。自利利他です。毎日は面倒くさいことだらけだが、子供のように諦めずに元気を出してはしゃいでいたら必ず幸せの入り口は見つかると説かれたのです。

交流分析とは自分の性格上の問題自己分析によって気づき他人との人間関係を自分でうまくコントロルできるように、学習してゆく方法ですフィードパックの観点からいうなら自己理解を深めさらに他人との人間関係をよくするためのフィードパック法です。

  • 自分の性格上の問題点を図やグラフで表わすことによって、自己をよく知り、より望ましい自分を作るように工夫する。
  • 自分と他人に対する態度や交流のパターンを図やグラフで表わすことによって、他人との人間関係をうまく行なう方法を学ぶ。

また、交流分析では、個人面接も行ないますが、組織風土や業績改善といった問題解決に集団を利用することもあります。集団の場合の方が自分の姿をより客観的に見ることができるからです。

 

人生脚本

それでは、自分でも気がつかない自分の仕組みを作っている4つの要因について順番に説明していきます。

  • ドラマ的な人生脚本
  • 人間関係(交流)の構え
  • 破綻のドラマが誕生する理由
  • コミュニケーション・パターン
自他肯定をライフスタイルにする『お粥さんプロジェクト』
あなたとあなたの人生は切り離せません。あなたの「し合わせ」は自分の人生に心底から納得できることです。人生の方程式は「精進ー妨害=結果」です。精進が大きく妨害が少なければ結果は最大化できます。これは真理です。 ヒトは自由に食べ、飲み、遊...
お粥さんPJ|自他肯定|私もOK、あなたもOK|エゴグラム解析
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ドラマ的な人生脚本

人生脚本の目的

  • 主な人生脚本の事例
  • ドラマの展開手順と登場人物の役割
  • 生きる構え(ドラマ的ライフスタイル)

生きる構えとは、無意識の目的を達成するために自分がとっているライフスタイル(やり方)で、自分をある結末に導く人生脚本です。この脚本は、それぞれ意識できない隠された目的があり、ほとんど避けようがありません。

人生脚本の目的

  • 他者から蔑まれ笑い者になる
  • 金銭的な損失を被る
  • 自己憐憫の感情世界に陥る
  • 自分に劣等性のラベルを貼り、責任回避する
  • 自虐的に自分を責める
  • 相手から拒絶されるようにする
  • 懲罰を受ける
  • 人間関係でトラブルが生じることで、最終的に自分が不幸になるネガティブな脚本は幾多のものがあります。その中でも主なものを以下にピックアップします。
  • いずれも日常的に生き苦しさになっていて、自分に警鐘を鳴らしています。

主な人生脚本の事例

  • 私を捕まえて
  • 泥棒に追い銭
  • 不幸な私
  • 弱みの正当化
  • ヒステリックな糾弾
  • 責任転嫁
  • 思い込み
  • 私を笑って
  • 申し訳ありません
  • その他

ドラマの展開手順と登場人物の役割

ネガティブな脚本には、「否定的な構えを確認する」という「目的」があり、目的を達成するために、ドラマの展開手順は概ね次のような構成になっています。

  • 目的(自己否定的な構えを確認する)
  • 仕掛け(挑発行為)
  • ドラマの共演者
  • 平行的コミュニケーションの時期
  • 交叉的コミュニケーションの時期
  • コミュニケーションの混乱(トラブル発生)
  • 結末(破綻)
ストーリーのある展開には、目的があります。
その目的が達成されるように、次の段階を順番に と進んでいき、目的(破綻)が達成される手はずになっています。

  • 仕掛け
  • 役者(役割)
  • 平行的コミュニケーション

  • 交叉的なこじれるコミュニケーション
  • 主役の登場(加害者と犠牲者)
  • 混乱
  • 結末(破綻)

目的が破綻であるのは、展開のプロセスに交叉的コミュニケーションが含まれているからです。

交叉的なこじれるコミュニケーションが物語のクライマックスに待ち受けています。

アクション映画には正義のヒーローとともに、悪者がいないとストーリーが成立しません。同じように破綻のストーリーにつきあう相性のよいひとが存在しないと、ストーリーは作れないのです。

ドラマの目的、人生脚本の目的は、自分または他者に対する否定的な構えを確認することにあります。

自分は相手から見捨てられてダメな人間だと感じる。または他者を見捨ててダメな人間だと思い知らせる

目的は結末で明らかになりますが、「目的」は、親と子の体験で味わった再現である場合が多い。
たとえば、潜在的に親から見捨てられた感情を持っていた場合、その再確認する。

被害者であった場合、加害者になることで、最終的に被害者の立場で味わった感覚をより強い感覚で再認識する。

この目的の存在が障害となって、自分が希望する建設的な目的が持てなくなっていると言える。

仕掛け

自分にも相手にも意識されない形で行われる挑発行為。
したがって自分の感情、態度、

言葉など、すべての面で後々生じるものとは真逆的。

最初は白だったものが後には黒に変わるオセロの札のようです。

ドラマの共演者

仕掛けをかける共演者で、自分の人生脚本につきあわせるカモ的存在。

未解決な問題、感情的な弱点を抱えている人が多く、時には「共依存」の関係になることも少なくありません。

共演者として他者を巻き添えにします。あるいは巻き添えになっていることもありますが、どちらもいい迷惑といえます。

平行的コミュニケーションの時期

共演者との互いの関係がスムーズでコミュニケーションがうまく機能している時期。

交叉的コミュニケーションの時期

隠された動機が表面化してきて、共演者との関係ににこじれが生じてコミュニケーションが機能しなくなる段階。立場が逆転するなど、コミュニケーションの混乱が起こります。

コミュニケーションの混乱

感情的な興奮、相手を傷つける、立場の逆転などトラブルが表面化します。コミュニケーションの動機が顕在化する段階です。

ドラマの結末

ドラマ的なコミュニケーションの最終段階です。

不愉快な感情のもとに、自分あるいは相手に「ダメ」の烙印を押します。

数多くのパターンがあるが、自分または相手に対して否定的であることが特徴的です。

  • 他者から蔑まれ笑い者になる
  • 金銭的な損失を被る
  • 自己憐憫の感情世界に陥る
  • 自分に劣等性のラベルを貼り、責任回避する
  • 自虐的に自分を責める
  • 相手から拒絶される
  • 懲罰を受ける
  • 人生全体を通じた長期的な大河ドラマ的な脚本から、短編小説的な脚本まで、時間的なパターンは様々ですが、この構成は変わりません。
  • 人生全体を通じた長期的な大河ドラマ的脚本
  • 中期的なドラマ的脚本
  • 短編小説的なドラマ的脚本
  • 大河ドラマを基本に、いくつもの中篇、短編が同時進行、入れ替りを繰り返しながら、大河ドラマをより一層、強固なものにしています。

ドラマ的な人生脚本の事例

破綻のストーリーはたくさんありますが、次のような事例があります。この事例は身近に発見しやすいものです。

事例①「私を捕まえてくれ」

  • 目的 :捕まって自己否定の構えを自己認識して、さらに傾向を強くする
  • 仕掛け: 規則違反、ルール無視、盗み、暴走、浮気など捕まえられるためになにか手がかりを残す
  • 参加者(カモ) :管理者、教師、警官、親、配偶者など
  • 平行的コミュニケーションの段階:スムースにコミュニケーションできている状態。相手(こども、配偶者、従業員など)の言いなりになっている間
  • 交叉的コミュニケーションの段階:混乱が起こり、相手の感情を害する状態のコミュニケーション。犯罪の発覚、犯罪者の怒り、感情の行動化、自己認識の動き
  • 混乱: なぜ、わざわざ捕まるようなことをするのか?(説明がつかない)
  • 結末:無念(自己肯定の失敗)、安堵感(自己処罰による罪悪感からの解放)

この事例は、件数的に非常に多いもので、特に10代の若者に多発します。
親離れなどの問題を抱え自己認識の欲求が高くなり、万引き、窃盗などこの種の犯罪は後を絶ちません。

当事者が(広義の)罪の意識に苛まれ、自分を認識するために起こしている破綻ストーリーで、処罰欲求に支配された行動への対処は、心理療養士のようなプロフェッショナルにとっても非常な困難を強いられます。治療するほど悪くなることも多いものです。

自己認識、より確かな自分を獲得したいがための行動の反面、自己否定感が強いため、処罰されることを求めてしまうのです。処罰されることで安堵感を獲得しています。

わざわざ手がかりとなる証拠を残しているのは、処罰されることで罪の意識から解放されるメカニズムが働いているからです。

このストーリーの参加者として名をつらねる人をカモというのは、心理的、物質的に搾取される役割を演じてしまうからです。

もちろん本人は意識していませんが、主役の目的と相性が合うのです。相性が合わない人は、参加機会があっても参加意欲がないので、参加することがありません。

ギャンブルに参加して勝つことは稀です。

勝ったにしても儲けたお金で事業を始めて成功したという話も聞きません。

どっちにしてもワリの合わないことなので、理性的な人なら参加意欲が湧きません。つまり熱心にギャンブルに励んでいる人は自己処罰が目的と考えられることもできます。

事例②「泥棒に追い銭」

  • 目的 :大損をして自分の愚かさを嘆く
  • 仕掛け: 困っています。助けてください。遊興にお金を使い果たす
  • 参加者(カモ): 暖かいコミュニケーションを求める人、自然なこどもを取り戻したい人
  • 平行的コミュニケーションの段階:債権者がお金を都合したり、真面目に働いている間
  • 交叉的コミュニケーションの段階:催促するなど、返済を迫ったとき
  • 混乱 :泣き落とし、加害者と被害者の入れ替わり、周囲の批判
  • 結末 :損失、(またやられた!)自己嫌悪、尻拭い
  • この事例は、主演級がふたり揃って演じることの多いストーリーです。

遊興に明け暮れお金の無心を繰り返す部下に、心入れ替えて頑張ってくれたらと親心が働いて、ついつい言いなりにお金を貸し続けるものの、結局は何も変わらず、お金だけが消えたというストーリーです。

私は以前、この関係を聞いたときに、カモの役をしている社長に「あなたは言いなりにお金を貸しているが、彼が変わる可能性は99%ないと断言する。他のひとが社長の立場だったら解雇していますよ。こんな関係には絶対にならない。」と忠告したものです。

しかし社長は懲りもせず続けました。
結局、会社は倒産しましたが、部下であった彼にも責任を免れることができません。

社長が言いなりになった遠因は、幼くして孤児になり、田畑の野菜を引き抜いて空腹を満たしながら独学で苦労を重ねて、地域の名士になるほど頑張った裏に、満たされなかったこども心があったのです。暖かい父のぬくもりを部下に投影して自分が父親役を果たすことで満たそうとしていたのです。

私が「他の人が社長の立場だったら解雇していますよ。」と言ったのは、満たされなかったこども心で判断しないひとならこんなスキは与えないという意味です。

問題ある部下がその心中を真に理解して、社長の望みを具現化したなら、両者共にWIN-WINの関係で幸福感に満たされたわけですが、目的が自己否定にある限り悲劇的な結末しかなかったのです。

多くの会社なら「バカもん、真面目に働け」で終わってしまう話ですが、互いの甘さを感じ取って「惹かれ合った」わけです。

社長もまた自己否定に苛まれながら努力をしてきたわけで、倒産という悲劇はストーリーの結末として最初から用意されていたと言えます。

交叉的コミュニケーションが起こるのは、自分または他者を否定する意識が働いているからです。

つまり否定を表面化するために用意周到に準備したストーリーといえます。まったくもって勿体ない話で、もっと建設的なことにエネルギーを注いだ方がマシですが、思うようにいかないのが切ないですね。

破綻のドラマが誕生する理由

それにしても、破綻のストーリーは一体どのようにして準備されるのか、不思議に思われるかも知れませんが、種を明かせば簡単です。

たいていモデルが身近にいます。親の人生の再現などがそうです。役者が入れ替わってもドラマに必要な役割を身近なひとがこなしています。感覚的にしっくりするのでしょうね。実に驚くべき巧みさで誰にも意図を感じさせずに、同じようなストーリーが組み立てられます。

コミュニケーション・パターンの役割

自分が意識している目的と、無意識の目的が同じなら、問題はありません。

しかし、自分を不幸にしたいと思う者がいないように、ネガティブな目的を達成するた

めに日々を費やすことは意識できる範囲ではあり得ないと考えます。

にもかかわらず現実には、ネガティブな目的のために励んでいるのはどうしてでしょう。

意識している目的に合わない行動をとることで、「なぜ、こんなことになったのか、自分でも分からない」というような結果に辿り着くのはどうしてでしょうか?

人生脚本を成就させる役割を担っているのが、コミュニケーション・パターンです。

コミュニケーション・パターンの役割は、日常的に繰り返すことで、結末を実現する貯金をしているようなものです。

4つの交流パターン

私たちは他者とのコミュニケーションに4つのパターンを持っています。

  • 自他肯定
  • 自己肯定・他者否定
  • 自己否定・他者肯定
  • 自他否定

3つの人格

この構えを確認するために、ドラマ的脚本を、3つの私という人格を使って「自分の人格」で演じていると言えます。
それを日常的に繰り返すことで信念化していて、最終的に人生脚本の実行に成功しているのです。

4つのコミュニケーション・パターン

「生きる構え」と一体化しているのが、コミュニケーション・パターンです。

コミュニケーション・パターンは、パーソナリティの土台で、4パターンがあります。

4つのコミュニケーション・パターン

自他肯定(自分も他者もOK)

・自己肯定・他者否定(自分はOK,他者はダメ)

・自己否定・他者肯定(自分はダメ,他者はOK)

・自他否定(自分も他者もダメ)

これら4つの中に、自分が信じているコミュニケーションがひとつあります。なれる最高の自分に到達するうえで、もっとも好ましいコミュニケーション・パターンは、自他肯定(自分も他者もOK)です。

自分も他者もOKのスタイルは、誰とも気持ちの良いコミュニケーションが出来るので、好ましい人間関係が築けます。

人は社会的な生き物だから、良好な人間関係を築けると何事も順調に運ぶ力になります。

一方、「自他否定」「自己肯定・他者否定」「自己否定・他者肯定」の否定的なコミュニケーションは、人間関係をこじれさせる原因になり、生きづらさになります。


4つのコミュニケーション・パターンから“選んだ自分のパターン”は、誰にでもある「3つの自分」の使い方によって日常生活に反映されます。

 

誰にでもある「3つの自分」とは、次の3つです。

・親の心 (Parent)

・大人の心 (Adult)

・こどもの心 (Child)

誰にもある「3つの私」

私たちは、誰にでもある「3つの私」を使って「自分の人格」を作っています。

人はみんな、親の心、大人の心、こどもの心を持っていて、その時々に状況で、3つを使い分けながらコミュニケーションしています。

親の心

親の心 (Parent)には、父親の心(CP)、母親の心(NP)の2つの側面があります。

父親からは厳格さと批判的な側面。母親からは優しさや包容力など保護的を受けています。

大人の心

大人の心 (Adult)とは、客観的、理性的、合理的な物の見方や考え方など社会生活を円滑に営む上で欠かせない公共性の高い人格です。

こどもの心

こどもの心 (Child)には、自由奔放なこども、自分を抑える従順なこども、2つの側面があり、従順なこどもには傷ついたこどもと支配するこどもがいます。

自分に3つの自分があるように、他者にも3つの自分がいます。自分が使い分けるように、相手も使い分けています。

相手から投げかけられた心(人格)にふさわしい心を投げ返すことで、両者はスムーズなコミュニケーションを可能にしていいます。つまり平行的なコミュニケーションです。

自分や周りの人とコミュニケーションするときは、お互い無意識に三つの心(人格)を使った言葉、態度、表情のキャッチボールでコミュニケーションしています。

三つの心(人格)の強弱は、同一の個人内でも固定されていなくて、様々な影響を受けて変化し続ける。しかも状況や相手で、三つの強弱のバランスは変わります。

人は誰でもここに述べたようなパターンを持っています。

五感を通じで学んだドラマ的な人生脚本

五感を通じで身についたコミュニケーションパターン

この2つが切っても切れない関係で結びついています。コミュニケーションパターンはドラマ的な人生脚本を完成させるために必要なのです。

目線を上にしながらネガティブな話ができないように、ネガティブなコミュニケーションパターンなしにネガティブでドラマ的な人生脚本は完成できないのです。コミュニケーションパターンは人と場所を変えて同じようなショートストーリーを繰り返し、生み出し、大多数の人々はそれを性格の原因にします。そして性格を変えたいと考えます。事実はその感情をあざ笑うようにはね飛ばします。

幸福な自分を作り、リーダーシップを身につけるために、 必要なのは自分のメカニズムを知ってメカニズムを変えることなのです。

それが下の「やりたいことマップ」です。なかでも一番上にある『ライフステージ』と一番下にある「マインドフルネス」の注目してください。
両者は関係ないような扱いをされていますが、そんなことはありません。エンドレスにワンダフルとは、生き方が子どもに継承されるからです。現実には子どもは親しか参考にするヒトはいません。五感を通じて学ぶのは親しかいないのです。親の『あるべきようわ』が正しければ、大きな間違いは起こりません。その第一歩が「マインドフルネス」です。マインドフルネスとはなりきること、つまり没入です。瞑想のことではありません。つまり周活・週活・終活しているあたなになりきるのです。

『あるべきようわ』の七文字貫いて『一日一生』の200年人生。
高山寺を開山した明恵上人は、人は「あるがままに」生きるのではなく、今、どのように生きるべきなのか(あるべきようわ)を常に自らに問いかけ、その答えを生きようとすべきなのだと説かれました。その教えを救いの言葉としてマンダラチャートに生かしながら200年人生を楽しみましょう。
「あるべきようは」を整えるアセットドクター(AssetsDoctor)
「星の王子様」よりずっと以前に旅をして、53人の善友(善知識)のもとを次々に訪ねて教えを乞い、その旅の最後に弥勒菩薩や普賢菩薩にも教えを受けて、ついには悟りの世界(法界)に入った善財童子をご存じですか?善財童子は、星の王子様同様「私らし...

ゲンキポリタン大学


「ゲンキポリタン大学」では、「社会人基礎力」をコアに<人生100年時代の曼荼羅>を描くように、ライフシフトをバックアップするさまざまな講座を、さまざまな方を対象に、さまざまな形態で開催しています。ご都合に合わせた形態をお選びください。

「社会人基礎力」(全6回)

GTD®勉強会

 

 

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