「あるべきようは」を整えるアセットドクター(AssetsDoctor)

アセットドクター
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星の王子様」よりずっと以前に旅をして、53人の善友(善知識)のもとを次々に訪ねて教えを乞い、その旅の最後に弥勒菩薩や普賢菩薩にも教えを受けて、ついには悟りの世界(法界)に入った善財童子をご存じですか?善財童子は、星の王子様同様「私らしく生きたい」とは、考えませんでした。「あるべきようは」に生きたい」と願ったのです。
三宝院沙門

こんにちは、「阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)」に生きたいと願う人たちに寄りそい、悟りにご案内、「あるべきようは」に整えゴエスする歩き遍路するゆるキャラ、アセットドクター三宝院沙門です。アセット(資産)ドクターとは、なんでしょう?見えない資産も育てるFPです。

アセットドクター(AssetsDoctor)

華厳経の僧侶、明恵(みょうえ)上人は、自分の見た夢を生涯40年に渡り記録した「夢記(ゆめのき)」で、流れ星に乗って全世界を見渡したという『星の王子様』のような壮大で幻想的な夢を見る一方、身近で現実的な夢もみています。
僧侶なので頭を丸めていますが、突然髪がドッと伸びてきたという夢をみたと記しています。こんなとりとめのない夢にも含めて、明恵は夢には必ず意味があると考えていたので、残さず記録していました。清貧のイメージが強い明恵のまた違う側面を表す伝えです。

華厳経』(けごんぎょう)は、大乗仏教のひとつで、正式名称『大方広仏華厳経』(だいほうこうぶつけごんきょう)といい、経名は「大方広仏の、華で飾られた(アヴァタンサカ)教え」の意。「大方広仏」、つまり時間も空間も超越した絶対的な存在としての仏という存在について説いた経典です。

 
 
本尊は「毘盧舎那仏」(るしゃなぶつ)で、毘盧舎那如来(びるしゃなにょらい)ともいい、真言宗の本尊たる大日如来と概念的に同一の「太陽の輝きの仏」です。毘盧舎那」とは、太陽であり、宇宙の中心から太陽のように照らし続けます。つまりU2のボノがいう音楽界のビッグバン、エルヴィス・プレスリーのような存在です。
 
釈迦は真理を悟りそれを仏法として人々に伝えました。その真理そのものが毘盧舎那如来です。毘盧舎那如来がいなければ釈迦は真理を悟ることは出来ず、釈迦がいなければ仏法は人々に伝わらなかったといいます。
毘盧舎那如来は法身仏(ほっしんぶつ)の代表的な存在です。法身仏とは、仏教の教えそのものを神格化した仏のことです。大仏は「毘盧舎那」の偉大さを表現したものです。

 
善財童子は、華厳経に説く、求道の菩薩の名前です。この菩薩の生まれたとき、室内に自然に財宝がわき現われたところから名づけられました。発心して五三人(五五人とも数える)の善知識を歴訪して種々の教えをきき、最後の弥勒菩薩や普賢菩薩にも教えを受けて、ついには悟りの世界(法界)に入った仏となることを約束されたのです。観音菩薩などの脇士としてまつられることが多いようです。
 
「善財童子→華厳経→毘盧舎那如来→宇宙の中心から太陽のように照らす」という関係性をお示しして太陽を求める人々の気持ちの大きさに触れてきました。それは万人が持つ苦からの逃避したいと願う心のメカニズムです。さて、ここでお気づきになられたでしょうか?苦とは実は求めている太陽だということを。つまり苦を避ければ避けるほど、太陽を避けているのです。太陽に近づきたいと願うほど苦に近ずかないと、あるべきようにはなれないのです。

ライフステージへの旅


私たちはみんな、すでに全てを知っています。善財童子もおなじです。
なのに、なぜ善財童子
のようになりたくて、四国八十八カ所霊場めぐりするのでしょうか。四国八十八カ所霊場めぐりも「あるべきようは」を探る旅です。

東海道五十三次のルーツである53人の善知識の中核にあるの」「あるべきようは」です。「私らしく」ではありません。普遍的な「あるべきようは」には、悟りがあります。
あなたが私は特別だと強調しても、世の中には、幾多の先人が残した原理原則があります。原理原則は「自灯明・法灯明」の宝庫です。
あるべきようにあなたらしく現代にリアルに反映したのがアセットドクターの「ライフステージ」の旅です。「ライフステージ」は誰にも生じる課題ですが、アセットドクターが「ライフステージ」を語っても(予測では)行動は起こりません。「ライフステージ」を実践して、人生最高のエンタメ、一年練習を重ねて「自灯明・法灯明」のマグマになった情熱をぶつける阿波おどりの楽しさにアップデイトするには理解と手順があります。
 

生まれたくないのに、この世に生まれ、
死にたくないのにしななければならない

この問題を解決するのが、
あるべきようは」に生きることで、
次の図になります。

マンダラチャートで解決する「マルチプルステージ」

さて、上の図のように、ライフステージを過ごすには、現代では「マルチプルステージ」を柔軟に過ごせないと自由で健全なライフステージは夢で終わります。すでにかっての3ステージでは対応できなくなっています。
そこで起こって来る課題が激しい二極化です。二極化しているのでそれぞれの世界に住む人は出会わないので、ライフスキルやライフスタイルの違いに気づかず、気づきが起こりにくいことがますます深まってしまいます。

幸せは自分の外にあると思い込んでいるヒト、幸せは自分の内しかないと信じているヒトで行動は変わります。大切なのは「自分らしく生きる」のではなく「あるべきようは自分らしく生きる」ことです。つまりあなたが関わるチャレンジがあります。人生の楽しさは関わりがすべてです。関わらずして楽しむことはできません。関わらないヒトはすべて傍観者になります、つまり『漫然と未来を迎えようとしているグループ』に属しています。

真の自由はライフステージを地上最高のエンタメにしたときです。
 
チャレンジを支援するのが、アセット(資産)ドクターです。
一般のファイナンシャルプランナー(FP)と違うのは、金融資産のみならず、見えない資産を守り育てて、ライフシフトのお手伝いをする点です。

主体的に築く人生に役立つマンダラチャート

 
マンダラチャートをお勧めするには、理由があります。「あるべきようは自分らしく生きる」チャレンジをするためです。それには目標達成を通してマンダラ思考(システム思考)を養うことです。
マンダラ思考とは、孤立せずに繋がる思考です。現代の風潮は繋がることを嫌いますが、成功するには繋がることを大切にします。違いが顕著に表れるのが無形資産(活力・生産性・変身・パートナー資産)です。つながりで有名なコメントを残したのがスティーブ・ジョブズ氏です。
 

未来に先回りして、点と点をつなぐことはできない。
君たちにできるのは、過去をふり返ってつなげることだけだ。
だからこそ、バラバラの点であっても、将来それが何らかのかたちで
必ず繋がっていくと信じ続けることだ。

つまり、ジョブズ氏が言いたかったことは、
一歩一歩、歩いていけば、じぶんの後ろに路ができます。
それをトレイルとよびます。そのうち、そのトレイルがふえてきて、何度も歩いたり、ふりかえったりするうちに、(無意識あるいは意識することで)繋がってきます。
歩いたからこそ、あとで繋がるのです。
歩く前に、繋げることはできません。

 

歩くとは関わることだ!

繋がることを嫌うのは、自分が求めるように繋がりたいからです。つまり「他者依存」ができないからです。なぜ、できないのでしょう。他者を目標達成の手段と考えてしまうからです。
気が引けているので、他者にお願いできないのです。
 
そうすると「自己依存」しか方法がないので限界があります。ところが自分では正しい道を歩んでいるプライドがあり、ますます「自己依存」に沼るので、時と共に、他人のせいにしてしまったり、沼に沈みます。「自己依存」も「他者依存」も自己否定という間違った捉え方が出発点になっていることが影響しています。

マンダラチャートは「ウェルビーイング」が出発点

Well-being(ウェルビーイング)発想で考えるとどうなるでしょう。
ひとつは、教育、仕事、引退と進む従来の「3ステージの人生」モデルとは全く異なり、柔軟なマルチプルステージの考え方が求められていること。ふたつめは、お金などの有形資産に加て、“Intangible Asset”つまり「見えない資産」が重要になっています。この「見えない資産」の重要な要素がWell-being(ウェルビーイング)です。

Well-being(ウェルビーイング)とはWell(よい)とBeing(状態)が組み合わさった言葉で、「よく在る」「よく居る」状態、心身ともに満たされた状態=しあわせを表す概念です。 元々は1946年にWHO(世界保健機関)が示した「健康」の定義の中に登場した言葉で、16世紀のイタリア語「benessere(ベネッセレ)」が語源です。

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態であることをいいます。」(WHO/世界保健機関)
定義は調査会社(ギャラップ社、PERMAモデル・・・によって微妙に違いますが、自身がウェルビーイングな状態だから他者もウェルビーイングな状態の他者が寄ってくる。つまりすでに二極化した状態がウェルビーイングなのです。
ウェルビーイングな人生200年の作り方
いっしょに学びませんか!人生100年時代のマンダラにつなぐゲンキポリタンのウェルビーイングなオンライン学習の特長は心理的安全性の高さです。学びたい!知りたい!実践したい!好奇心が力になる。問われているのは心理的安全性への気づきです。必要なのは子ども・親を支援するウェルビーイングな「子育て」支援です。
 
このように世界が注目する”Well-being(ウェルビーイング)”は、実はとっても簡単なお話です。
お金があるヒトには、よりお金が集まるように、しあわせなヒトには、より多くのしあわせが集まるというお話です。そこでし合わせで築く幸せの質をより良いものにすれば、様々な困難を解決できるのではないのかと注目されているのです。つまりますます二極化するというのです。
あるべきように生きるには繋がるしかないのです。そこで重要なキーワードが「アセスメント」です。
アセスメントというと難しく聞こえますが、目標を共有して相互依存することです。

マンダラチャートは現実を反映したもっともな目標管理で、自然と相互依存のライフスタイルが育めます。相互依存の中核が自他肯定の人間関係です。当然ながら自他肯定の裏返しは自他否定ですが、繋がりを否定するのには自他否定という壁を乗り越える面倒くささがあるのかもしれません。しかし事態はそんなことでくじけている場合ではないので、マンダラチャートからマインドフルネスをはじめていきましょう。
つまりあるべきになりきることです、

あるべきようわ

「あるべきようは」・・・鎌倉時代、俗に旧仏教側といわれる華厳宗の(みょうえ)明恵(みょうえ)上人の言葉です。

ヒトは「私らしく」「あるがままに」生きるのではなく、今、どのように生きるべきなのか『あるべきよう』を常に自らに問いかけ、道を踏み外すことなく「自灯明・法灯明」と。その答えを生きようとすべきなのだと説いた。

「自灯明・法灯明」とは自分や法を拠り所にしなさいとブッダの遺言というべき言葉です。拠り所にするものが間違っていてはお話にならない。それゆえ『あるべきよう』は深い意味を持ち、長期の展望も見えます。

マンダラチャートを成功させる方法

上のマンダラチャートはマンダラ思考の上で作成されます。マンダラ思考とは繋がっているいる点が特長的で、ひとつのマス目から全体に影響します。しかも全体は一つのマス目は影響します。互いに相互依存の関係にあります。その分、チャートだけ見ていると第三者には解りづらい点があるかもしれませんが、作った本人には解っているので問題はありません。ここでは相互依存の関係に注目してください。

たとえば上司は部下を持っています。部下には上司がいます。両者は切っても切れない関係です。両者がウェルビーイングな関係を築くならどちらが先に、あるいは共にウェルビーイングであるべきです。同じように勤務している会社には得意先があります。両社がいい関係になるには「相互依存の関係」になることです。得意先には得意先があり、その先にも・・・このようにして世界は繋がっています。そこには魚の目、鳥の目。虫の目が働いています。どんな目で見られても、恥ずかしくない関係であるべきで、関係性に裏付けされたウェルビーイングな関係であるべきでしょう。両社の間ではより強固な関係をめざしてアセスメントが行われるべきです。

両界曼荼羅とは、お大師さま(弘法大師空海)が独自に発案した胎蔵曼荼羅と金剛曼荼羅です。
三宝院沙門が奨める『両界マンダラ』では「いきいきマンダラ」と「きときとマンダラ」です。
「いきいきマンダラ」は具体的な目標を達成するもので、「きときとマンダラ」は内面の充実を図る目的のものです。それぞれマンダラチャートを作成します。先にお話したようにひとつのマス目から2枚のチャート全体に影響します。しかも2枚のチャート全体は一つのマス目に影響します。互いに相互依存の関係にあります。1枚64のマス目、2枚になると128のマス目は、ひとつのマス目に繋がっている。膨大な同時進行が周活(日別)週活(週間)終活(年代別)でマネジメントでき、アセスメントも随時可能になります。
成功させる方法は、マインドフルネス(あるべきようになりきる)になることです。つまり時間に自分を投げ込みます。目の前のことに集中するのです。目の前のことに集中するとできなかったことができるようになり整うのです。

整ったからといって成功するわけではありませんが、成功の可能性は広がります。広がると、さまざまなチャンスが見えてきて繋がる重要性も解ってくるのでスマイルが増えます。

スマイルはスマイルを引き寄せます。
こうして同時進行で目の前の道(トレイル)が広がることが大切さを実感していただけると思います。

三宝院沙門とは

沙門は欲望を遍知して、つねに自由人なり。」とは、ある神の「欲望を遍知して(知り尽くして)つねに自由なる人とは誰か」という問いに対する釈尊(ブッダ)の答えです。
沙門とは釈尊が出家された当時、インドの宗教者あるいは思想家を二分していた一つのグループの呼称です。正統派の宗教者はバラモンと呼ばれ、非正統派(主にジャイナ教)の人々はひとまとめにして沙門と呼ばれました。沙門たちは師を訪ね道を求めて各地を放浪(遊行)し、定住することがありませんでした。それは家族や係累の束縛を離れた自由な生活でした。

釈尊の出家の動機を述べるものに「四門出遊(しもんしゅつゆう)」が挙げられますが、その決意を促したものは一人の沙門の自由な姿であったと言われます。
つまり生・老・病・死は人生における避けようのない事実であり釈尊は真理である「一切皆苦」から逃れたかったのです。結論から言えば苦を苦でないと認めめない限り、自由になれないのです。

三宝院沙門

人生の終焉に立っていま、あるべきように
ライフステージを地上最高のエンタメにします!

三宝院沙門

 
私が戒名とした『三宝院沙門』とは、自由人の裏返しです。歩き遍路するのもその象徴です。つまり欲望の取り除き難いことを身に徹して知ること以外に欲望に終止符を打てる方法はない、と釈尊は教えます。そのように欲望を遍知するとき、人は欲望を終止符を打つことができます。苦を苦と認めて楽に執着しなくなるとき、苦にとらわれて恐れることはなくなります。それが釈尊が求め、そして獲得した自由だったのです。

三宝院沙門とマンダラチャート

少しでも楽しく生きたいと願うのは当然ですが、現代人のありかたはブッダの願いとあまりにかけ離れていく一方です。大半のヒトは現状に無理して合わせていますが、世界中で破綻が生じています。
「大衆」と呼ばれる私たちは感じながら無視しています。その厄介を解くのが三宝院沙門がおすすめする「マンダラチャート」です。

「チャート」に書き込んだだけでは何も起こりません。旅(行動)にでていないので一歩も変わりありませんが、旅に出れば一歩、二歩と現状の景色は動くので、置かれている実情は変わっていきます。

「マンダラチャート」は、あるべきように暮らすを前提に書き込んだ「ライフステージの旅の行動計画」だと解釈してください。苦を苦と認めて楽に執着しなくなるとき、苦にとらわれて恐れずに、あるべきように生きる。それが釈尊が求め、そして獲得した自由だったのです。

悟るとはすでにすべてを知っている「阿頼耶識(あらやしき)」に入ることです。「阿頼耶識」は潜在意識(深層心)にあります。認識するには「顕在意識(表層心)」に持ってこなければなりません。これがとっても困難な作業です。自覚できないから潜在意識ですが、すでにあなたは全て知っているというように、膨大な量なので気づけません。
そこで役にたつのが「ひらめき」です。「ひらめき」は潜在意識で働いていて、ある日突然顕在意識に浮上します。浮上させる(気づく)役割を担っているのがマンダラチャートと繋がりです。
 

まとめ


あるべきように整ってしまう理由

整える秘訣は<目の前のことに集中する>です。
マンダラチャートは目の前のことに集中するために用意します。
やらなければ意味がありませんが、行動すれば苦を楽にします。

<集中>か<妄想>か、それを分けているのが、『マインドフルネス(Mindfulness)』 VS『マインドトークMindTalk=自動思考)あるいはマインドワンダリング(MindWandering=雑念)』です。「感覚よりも思考偏重で生み出されるアンバランスな苦を乗り越えるのは行動しかないのです」

行動すれば『マインドフルネス』の扉が開きます。『マインドフルネス』とは、対象に<なりきる>ことです。つまり<集中>です。

対象のもっとも大きく重要なものは<ゴール>です。
ゴールに到達するにはプロセスが重要です。プロセスは手間をかけてマンダラチャートにしましたね、健全なプロセスは手間がかかるものです。
不健全なプロセスは手抜きだらけなので、そうはいきません。
健全なプロセスになりきることで「なんとかできる」と実感して、集中が働き「なるようになる」のです。結果的に「あるべきように」整うのです。

三宝院沙門

今後とも、苦を楽に変えて人生を楽園にしてしまうお遍路するFP。資産を守って増やすアセットドクター「三宝院沙門」は、あなたと協働してライフステージを最高のエンタメにします。

ゲンキポリタン大学

「社会人基礎力」(全6回)

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