Henro2023/菅笠:同行二人と四句の悟り

200年ゴエス
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四国遍路の菅笠(すげがさ)には「同行二人」を含めて「5つの言葉」が書かれています。菅笠には1200年の時を超えて、いまなお私たちのこころに生きる弘法大師空海の智慧があります。私たちはお大師さまと旅をします。
  1. 迷故三界域
  2. 悟故十万空
  3. 本来東西無
  4. 何処有南北
  5. 同行二人

  6. 「菅笠」に書かれいる「四句の悟り」

迷故三界域、悟故十万空、本来東西無、何処有南北・・・四句の悟り」の始まりは、古く、もともとは、死者を入れる棺桶に書かれていた文字でしたが、巡礼の菅笠に書かれるようになったのは、白衣と同様、死に装束としての意味あいが強かったからといわれています。


四句の悟り」・・・それぞれの意味を探り、何をどうしたいのか、考えましょう。さて、第三十一番札所「竹林寺(ちくりんじ)」の僧が、かんざしを買った高知県から歩き遍路を始めるコースは、6つのコースがあり、どれも魅力満点です。

四国八十八ヶ所霊場巡り高知県は24〜39番札所まで16の札所があります。24番から始める場合は室戸市の最御崎寺からですが、都合で南国市から始める場合は第29番札所国分寺になります。
JR後免駅からバスで10分、国分寺バス停で下車。土佐国分寺は国の重要文化財に指定されています。

四句の悟り

迷故三界域、悟故十万空、本来東西無、何処有南北・・・・これら四つの句には本質と真理が宿っています。そして締めくくるかのように「同行二人」が、まとめます。

迷故三界域

 
迷故三界城とは、「迷うがゆえに三界は城なり」

人間の悩みや苦しみは、煩悩や欲望、常識やこだわりに縛られて三界(欲界、色界、無色界)を脱することができないからである。

悟故十万空

悟故十方空とは、「悟るがゆえに十方は空(くう)なり」
 
しかし仏心を持ち、悟りを開くなら、何にも捕らわれることない自由な世界を見ることができる。

本来東西無

本来無東西とは、ほんらい東西なし」

そもそもこの世界にはあなた自身を縛るものや常識という概念はなく、太陽が東からのぼり、西に沈む。その東や西というのでさえ人間が言葉で決めたことであって、本来名前などない。

何処有南北

何処有南北とは、「いずこにか南北あらん」
 
南北という言葉も、人間が決めた便宜上の言葉です。この世の常識は、人間が作り出したものであり、それらに縛られているのは人間だけなのです。
 
以上、4つの言葉を繋げて、菅笠に書かれている意味は・・・

四方の文字は迷うが故に三界域なり 悟るが故に十万は空なり 本来東西は無く いずくんぞ南北有らん
つまり、迷い(煩悩)があるからこの世の至るところに欲望の城があるが,悟ってしまえば、十方は広々として何のさまたげもない空(くう)の世界だ。もともと空の世界に東も西もない。どこに南や北があるのかという意味です。

迷いの根源は実は己自身にあるのであって,本当の世界は,何も遮るものはなく自由自在だということなのでしょう。

「空」(くう)とは,「西遊記」の三蔵法師がインドから持ち帰った経典を翻訳した般若心経にある「空」のことです。
すなわち,「かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心、ひろく ひろく もっとひろく これが般若心経 空の心なり」

同行二人(どうぎょうににん)

四国お遍路では、巡礼を始めた瞬間から「お大師様がずっと寄り添って同行してくださる」という考えがあり、一人で歩いていても常にお大師様がそばにいて、その守りを受けているとされています。

この同行二人という言葉は四国お遍路では持ち物にもよく見かけます。それほど馴染み深く、あなたにはお大師様がついているという意味で、昔から大事にしてきた精神です。

十善戒と三信条

十善戒

四国お遍路の道中、常に頭においておくべきなのが「十善戒(じゅうぜんかい)」です。「十善戒」は、諸戒の中でも基本となるお大師様のお言葉です。

  • 不殺生(ふせっしょう)…生きている全ての命を大切にしむやみに生き物を傷つけない。
  • 不偸盗(ふちゅうとう)…ものを決して盗まない。
  • 不邪婬(ふじゃいん)…一人の相手を大切にして、不倫や浮気をしない。
  • 不妄語(ふもうご)…人にうそをつかない。真実を話す。
  • 不綺語(ふきご)…ものごとを大げさに話たり、余計なことを触れ回らない。
  • 不悪口(ふあっく)…人の悪口をいわない、乱暴な言葉を使わない。
  • 不両舌(ふりょうぜつ)…人を仲違いさせたり、陥れるようなことは言わない。
  • 不慳貪(ふけんどん)…強欲にならず、感謝の気持ちをもつ
  • 不瞋恚(ふしんに)…怒りを抑え、穏やかな気持ちで過ごす
  • 不邪見(ふじゃけん)…人の道にはずれるような間違った考え方は捨てる

三信条

同行二人で、お遍路を最中に到達すべき心の状態を示すのが「三信条」です。

摂取不捨のご誓願を信じ、同行二人の信仰に励みましょう。
「悩めるもの、苦しむものが最後の一人になるまで救い尽くすであろう」という、お大師さんの言葉を信じ、道中は常に「お大師さん」と寝食を共にする思いでお参りしましょう。

何事も修行と心得、愚痴・妄言を慎みましょう。
お経にある「千年の功徳もわずかの怒りに消える」という教え。道中のアクシデントは、自らに与えられた試練・修行だと受け止め、心を安らかにし、愚痴や虚言を言わないよう努めましょう。

現世利益の霊験を信じ、八十八使の煩悩を消滅しましょう。
現世利益は、お金儲けや出世など世俗的な欲望を満たすことではなく、この世で受ける「仏の恵み」のこと。 仏の恵みを信じ、巡拝で88の煩悩を一つずつ消し去っていこうという意味です。

お接待

お遍路するヒトに対しお遍路をケアしていただく地元の方を「お接待」と呼びます。「お接待」する理由は自分たちに代わってお参りしていただいているというお礼なのです。

この関係が世界が求めている「ウェルビーイング」そのものであり、それに共感した外国人お遍路さんが急増しています。

お大師様とは、弘法大師空海ですが、その正体は「大日如来」であり、森羅万象を奏でる宇宙を包み込む「真理そのもの」です。現実には「ブッダ」であり、「空海」であり、「本来のあなた(仏性に目覚めたあなた)」です。

即身成仏」つまり「われわれが父母から受けたこの現実の体をもって、真実に目覚めた者になることをいう」これが悟りです。
しかも悟りは頭で理解するのではなく行動で理解するのが特長です。毎日決めたことを決めた通り(十善戒・三信条)に繰り返す日常生活で体得するのです。

このロジックからも「仏教」が「宗教」としてはかなり異質なものだと認識できます。すべてのヒトは相互依存の関係であることを「縁起」で説き、苦悩を脱し楽に生きるかを提唱した「哲学」でしかないのです。

修行の道場 高知県

四国八十八ヶ所霊場は、「発心の道場」である阿波(徳島県)の霊場一番札所霊山寺をはじめ23ヶ所を終えると、国をこえて土佐、現在の高知県へと入り、「修行の道場」が始まります。室戸岬にある24番札所・最御崎寺(ほつみさきじ)に始まり、土佐路の西南端、宿毛にある39番・延光寺まで、16の霊場があります。寺と寺の間の距離が長く、まさに心身が試される「修行の道場」です。
ヒトによりますが、お寺からお寺の距離と、平均的に必要とされる時間は次の通りです。
第26番札所・金剛頂寺〜第27番札所・神峯寺=33km(徒歩7時間30分)、第27番札所・神峯寺〜第28番札所・大日寺=38km(徒歩10時間)、第36番札所・青龍寺〜第37番・岩本寺=50km(徒歩15時間)、第37番・岩本寺〜第38番札所・金剛福寺=94km(2日半)、第38番札所・金剛福寺〜第39番・延光寺=74km(16時間)と予想されます。
徒歩だと名実ともに「修行の道場」となる長い行程が連続します。ポジティブに考えるとじっくり落ち着いて内省できるので、目的によっては高知県は、もっとも魅力のある「修行の道場」コースになります。

仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ

さらに「仏に逢うては仏を殺せ 父母に逢うては父母を殺せ」と来るから念が入ってます。「過去に学んできたこと、信じてきたことを、全て手離した一切の執着のない先にこそ、借り物でない本当の世界がある」まさに映画「マトリックス」が描いた世界です。
新興宗教がいかにトンチンカンな世界観を示しているか論破できるはずです。

遠くから見たら現実だったことも、近くに寄れば幻たったということもあるものです。

遍路と不良とジャックナイフ


不良は心にジャックナイフを忍ばせているものです。
錆びているか、キラリと光っているかはそれぞれ違いがあるものですが、唯一無二でありたい象徴です。カウンターカルチャーの旗手として走り続けてた23歳だった裕次郎は砂山に埋まっていた「錆びたナイフ」に悲しみを見つけていました。

そもそも裕次郎がジャックナイフを見せた戦後の時代、戦時中に一部の人間の執着心に起因して占領されていた統帥権が、敗戦によって日本から占領軍に移ったことに国民の多くはうすうす希望と期待を感じていたのでしょう。戦争中には見かけなかったキャラクターである裕次郎はその象徴でした。錆びたナイフは埋めて良かったのです。

同じ23歳でも故郷高知の桂浜の思い浮かべながら、大江戸で剣を学んでいた坂本龍馬はどう考えても、稀代の不良で、ジャックナイフならぬ手裏剣はピカピカ光っていたと想像するしかないようです。

いつの時代にも、子どもと同じで、新しいものを生み出すには見えない敵に挑んでいく姿勢が必要で、それは好きなことで遊んでいる活力で育まれるものだと思います。
お遍路をするヒトの心には、年齢・国籍・性別を超えて、それぞれに”リスク”というジャックナイフがさんや袋に収まっているはずです。

八万四千と言われる煩悩に汚れた私たちのジャックナイフを洗うところが仏壇であり、お寺なのです。「神様助けてと」お願いするところではありません。

仏壇の前で合掌礼拝することによって、古来から続いてきたもともとのいのちと解けあうこと。それを朝夕、繰り返すことによって、知らず知らずのうちに日々の生活の中にもともとのいのちが染み込んでいき、全部がひとつにまとまっていくのです。

四万十川で洗い直す「もともとのいのち」

日本を今一度せんたくいたし申候」とは、日本一の不良、坂本竜馬の手紙の中の言葉です。錆び付き身動き出来なくなってしまった日本を、もう一度洗濯してその錆を洗い流し、新しい近代国家として再建したい竜馬の熱い思いがこもった言葉です。

現代そのものであり「遍路」にも通じる言葉には、錆び付き身動き出来なくなってしまった自分を、もう一度洗濯して錆を洗い流し、古来から受け継いできた「もともとのいのち」を再建するエネルギーが満ちています。それが遍路のこころです。

最後の清流といわれる四万十川ほどジャックナイフごと自身を洗濯する最高の川はないのではないでしょうか。

比叡山千日回峰行

滋賀県と京都府にまたがる比叡山千日回峰行をする天台宗の僧侶は、悟りに近づくために蓮華の葉をかたどった笠をかぶり、白装束、草鞋履きで、260ヶ所を礼拝しながら、昼夜を問わず、ひたすら歩きます。
途中で行を続けられなくなったときは自害します。

そのための「死出紐」と、降魔の剣(短剣)を忍ばせて、三途の川の渡り賃である六文銭、埋葬料10万円を常時携行します。平安時代に始まった、この行を2回終えた者は3人、3回終えた者は1人、4回終えた者は居ないといいます。僧侶も心は立派な不良なのでしょうね。
3人のうちの一人が高倉健さんの心の師だったそうです。(「南極のペンギン)」

四国遍路も、すぐに埋葬できるように白装束で歩きますが、埋葬料を携行していると聞いたことはありませんが、みなさまの自由意思です。
行き倒れになったヒトは少なからずいたので、不良の心得として、連絡先と三途の川の渡り賃、埋葬料10万円はすぐに判るように携行した方が良さそうです。

修行の道場/おすすめ高知全6コース

      • 第二十四番札所最御崎寺〜第二十六番札所金剛頂寺
      • 第二十七番札所神峯寺〜第二十八番札所大日寺
      • 第二十九番札所国分寺〜第三十二番札所禅師峰寺
      • 第三十三番札所雪蹊寺〜第三十五番札所清瀧寺
      • 第三十六番札所青龍寺〜第三十七番札所岩本寺
      • 第三十八番札所金剛福寺〜第三十九番札所延光寺
No. 山号 山号の読み 院号 寺号 寺号の読み 宗派 本尊 所在地
24 室戸山 むろとざん 明星院 最御崎寺 ほつみさきじ 真言宗豊山派 虚空蔵菩薩 室戸市
25 宝珠山 ほうしゅざん 真言院 津照寺 しんしょうじ 真言宗豊山派 延命地蔵菩薩 室戸市
26 龍頭山 りゅうずざん 光明院 金剛頂寺 こんごうちょうじ 真言宗豊山派 薬師如来 室戸市
27 竹林山 ちくりんざん 地蔵院 神峯寺 こうのみねじ 真言宗豊山派 十一面観音菩薩 安田町
28 法界山 ほうかいさん 高照院 大日寺 だいにちじ 真言宗智山派 大日如来 香南市
29 摩尼山 まにざん 宝蔵院 国分寺 こくぶんじ 真言宗智山派 千手観音菩薩 南国市
30 百々山 どどさん 東明院 善楽寺 ぜんらくじ 真言宗豊山派 阿弥陀如来 高知市
31 五台山 ごだいさん 金色院 竹林寺 ちくりんじ 真言宗智山派 文珠菩薩 高知市
32 八葉山 はちようざん 求聞持院 禅師峰寺 ぜんじぶじ 真言宗豊山派 十一面観音菩薩 南国市
33 高福山 こうふくざん 高福院 雪蹊寺 せっけいじ 臨済宗妙心寺派 薬師如来 高知市
34 本尾山 もとおさん 朱雀院 種間寺 たねまじ 真言宗豊山派 薬師如来 高知市
35 醫王山 いおうざん 鏡池院 清瀧寺 きよたきじ 真言宗豊山派 薬師如来 土佐市
36 独鈷山 どっこざん 伊舎那院 青龍寺 しょうりゅうじ 真言宗豊山派 波切不動明王 土佐市
37 藤井山 ふじいざん 五智院 岩本寺 いわもとじ 真言宗智山派 五仏[注釈 20] 四万十町
38 蹉跎山 さださん 補陀洛院 金剛福寺 こんごうふくじ 真言宗豊山派 三面千手観音菩薩 土佐清水市
39 赤亀山 しゃっきざん 寺山院 延光寺 えんこうじ 真言宗智山派 薬師如来 宿毛市
Henro2023/四国遍路べんりリンク集
四国八十八ヶ所+20霊場めぐり.遍路の旅。全く関心のなかった方でも、このサイトで全部解決できます。思い立ったら『発心』の時、さあ、千年以上昔から続く遍路の旅に出かけましょう。世界のどこからでも、まずは四国徳島駅まで普段着で行きましょう。

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